抄録
【目的】 先行研究において、廃用性筋萎縮の予防に熱刺激が有効であることが報告されており、この作用機序には熱によって誘導される筋細胞内のHeat shock protein70 (Hsp70)が関与しているとされている。すなわち、Hsp70は新生ポリペプチドの伸張と正しい折り畳みを介助するシャペロン機能と損傷したタンパク質の修復機能があることから、筋萎縮の進行時に認められるタンパク質の合成低下とその分解亢進を抑制すると考えられる。しかし、筋細胞内の潜在的なHsp70含有量は速筋に比べ遅筋で多く、逆に、運動負荷に伴う発現量は速筋で顕著であることから、熱刺激による廃用性筋萎縮の予防効果も速筋と遅筋では異なる可能性がある。そこで、本研究では、ラット骨格筋の廃用性筋萎縮の進行過程で熱刺激を負荷し、速筋である長趾伸筋と遅筋であるヒラメ筋におよぼす影響を検討した。【材料と方法】 7週齢のWistar系雄ラット21匹を、対照群(C群、5匹)、熱刺激群(H群、5匹)、後肢懸垂群(HS群、5匹)、後肢懸垂+熱刺激群(HSH群、6匹)に分けた。後肢懸垂はラットに着用させたジャケットの背側骨盤部から後肢を懸垂する方法で行い、熱刺激は麻酔下で毎日1時間、約42℃の温水浴を後肢に負荷した。1週間の実験期間終了後は、両側の長趾伸筋とヒラメ筋を摘出し、筋湿重量を測定した。そして、右側の試料の凍結切片をATPase染色(pH 4.2、4.5、10.5)し、タイプ別に筋線維直径を計測した。また、左側の試料はホモジネートした後にELISA法によりHsp70含有量を測定した。【結果】 筋湿重量は、長趾伸筋、ヒラメ筋ともHS群はC群より有意に減少し、両筋ともHSH群はHS群より有意に増加していた。平均筋線維直径は、長趾伸筋のすべてのタイプともHS群はC群より有意に減少し、特にタイプIIB線維の減少が著しかった。また、HSH群のタイプI・IIA線維はHS群より有意に増加していたが、タイプIIB線維には有意差はなかった。ヒラメ筋のタイプI・II線維はHS群はC群より有意に減少し、HSH群はどちらのタイプともHS群より有意に増加していた。Hsp70含有量は両筋ともにH群、HSH群のそれがC群、HS群より有意に増加していた。【考察】 今回の結果から、長趾伸筋、ヒラメ筋ともに熱刺激によりHsp70の発現を認め、長趾伸筋ではタイプI・IIA線維に、ヒラメ筋ではタイプI・II線維に廃用性筋萎縮の進行抑制効果を認めた。したがって、速筋・遅筋の違いに関係なく、熱刺激によって筋細胞内にHsp70が発現し、これが廃用性筋萎縮の進行抑制に作用していると推察される。ただ、長趾伸筋で萎縮が著明であったタイプIIB線維については萎縮の進行抑制効果を認めず、今後はこの要因について検討する必要がある。