抄録
【目的】 先行研究において、各種の運動負荷が廃用性筋萎縮の予防に有効であることが報告されている。しかし、臨床では安静・臥床中のケースに対して運動負荷を実施することは困難であり、廃用性筋萎縮の予防対策としては運動負荷以外の方法を考案する必要がある。そのため、これまで我々は熱刺激による筋細胞内でのHeat shock protein 70(Hsp 70)の発現に着目し、約40℃の温熱負荷によってラットヒラメ筋の廃用性筋萎縮の進行が抑制されることを報告した。しかし、この効果は40℃程度の高温刺激でのみ認められるのか、それとも他の温度条件でも認められるかは明らかではない。そこで、本研究では異なる温度条件の熱刺激が廃用性筋萎縮の進行抑制効果におよぼす影響を組織化学的に検討した。【材料と方法】 実験動物は、7週齢のWistar系雄ラット31匹で、これらを1)通常飼育の群(C群、n=5)、2)後肢懸垂法(Hindlimb suspension、HS)にて飼育する群(HS群、n=5)、3)HSの過程で熱刺激を負荷する群(HS&Heat群、n=21)に振り分けた。HSは自製のジャケットをラットに着用させ、ジャケットの背側骨盤部から後肢を懸垂する方法で実施し、熱刺激は麻酔下で毎日1時間、後肢全体への温水浴を10℃(n=5)、20℃(n=5)、30℃(n=5)、40℃(n=6)の条件下で負荷した。1週間の実験期間終了後はヒラメ筋を摘出し、筋湿重量を測定した後に急速凍結させ、その連続横断切片をH&E染色、ルーチンATPase染色し、筋線維タイプ別にその直径を計測した。【結果】 筋湿重量を比較すると、HS群はC群より有意に減少していた。また、HS群に比べHS&Heat群は30℃では有意差はなかったが、10℃、20℃、40℃では有意に増加していた。平均筋線維直径を比較すると、タイプI・II線維ともHS群はC群より有意に減少していた。また、タイプI線維においてはHS群に比べHS&Heat群は30℃では有意差はなかったが、10℃、20℃、40℃では有意に増加していた。タイプII線維においては、HS群に比べHS&Heat群は20℃、30℃では有意差はなかったが、10℃、40℃では有意に増加していた。【考察】 今回の結果から、10℃、20℃、40℃の温度条件での熱刺激によって廃用性筋萎縮の進行抑制効果が認められた。先に報告したように、40℃の高温刺激はHsp70の発現に基づくタンパク質の合成促進や損傷したタンパク質の修復などが廃用性筋萎縮の進行抑制に作用していると考えられる。一方、10℃、20℃の低温刺激による作用機序は、体内での熱産生によるHsp70の発現やタンパク質分解酵素の活性低下などが推察されるが、この点については現在のところ明らかではなく、今後検討していきたいと考える。