抄録
【目的】 近年,運動による酸化ストレス発生に関して,緒家による報告がなされている。ヒトを対象とした研究では,血中の活性酸素種の分析を行うことで生体内における酸化傷害の検討が行われているものが多い。しかしその際,採血により酸化ストレスの指標となる物質の増減を捉えることができたとしても,それが生体のどの部位において引き起こされたものを反映しているかについて判断するための見解は乏しい。そこで本研究では,ラットに急性疲労困憊運動を行わせた際,肝と骨格筋における酸化ストレスが血清中活性酸素種濃度にどのような影響を及ぼすかについて検討することとした。【対象と方法】 対象は,Wistar系雄性ラット(11週令,体重 308.27±1.96 g,n=29)とした。実験を行う1週間前から動物用トレッドミル(阿川機械工業製)にて10m/min,15分の運動を行わせ,本実験においては,20m/minにて疲労困憊に至る運動を行わせた。実験を行う前日は絶食させ,運動直後,運動後5時間で断頭により殺処分した。その際,血清,肝,ヒラメ筋を採取し,液体窒素にて凍結した。肝は採取する前に生理食塩水にて灌流を行った。各検体は分析を行うまで-70℃にて凍結保存した。得られた検体から,酸化ストレスの指標として, チオバルビツール酸反応物質(TBARS)濃度の分析を行った。統計処理には,各臓器の経時的変化は一元配置分散分析を行い,その下位検定としてTukey-Kramer検定を行った。また,血清と肝,ヒラメ筋の相関関係は回帰分析により検討を行った。【結果】 血清およびヒラメ筋におけるTBARS濃度は運動直後,運動後5時間に安静値と比し有意な増加を示した(各p<0.01)。肝におけるTBARS濃度は,運動後5時間のみで安静時と比し有意な増加が認められた(p<0.01)。血清と肝におけるTBARS濃度は,安静時(R=0.809),運動後5時間(R=0.963)において相関が認められたが,運動直後では有意な相関関係は認められなかった。血清とヒラメ筋におけるTBARS濃度は,安静時(R=0.830),運動直後(R=0.669),運動後5時間(R=0.840)の各時点において相関が認められた。【考察】 今回,肝においては運動後5時間に,ヒラメ筋では運動直後,運動後5時間において有意な増加が認められた。このことから,肝では運動終了後に,筋では運動中および運動終了後に酸化傷害が引き起こされていると考えられた。血清についてみると,運動直後,運動後5時間において増加が認められていた。この血清における変化について回帰分析の結果を踏まえてみた場合,血清中TBARS濃度は,運動直後では筋の,運動後5時間では肝および筋の酸化傷害を反映しているということが考えられた。