抄録
【目的】動作を日常生活に応用するためには,動作を環境や身体状況の変化に柔軟に適応させる必要がある.本研究では健常者に立位バランスを制約する条件を与えて移乗動作を行わせ,片麻痺を有する方の移乗動作パターンと比較することによって,移乗動作における運動制御について検討した.
【方法】対象者は,健常成人5名(平均年齢25.4±4.3歳),および脳血管障害により片麻痺を有する方6名(平均年齢66.5±6.9歳)であった.片麻痺群の対象者は,移乗動作が自立もしくは監視にて可能な方とした.課題動作は車椅子からプラットフォーム等への移乗動作とし,健常者群では次の3つの条件を課して動作を遂行させた;1)裸足(以下,裸足),2)左下肢に下肢部分荷重装置を装着し,左下肢への荷重を体重の30%未満に制限(以下,荷重制限).3)条件2)に加え,右下肢に不安定板を装着(以下,不安定板).健常者群の動作は三次元動作分析システムを用いて解析した.片麻痺群では健常者群のような条件を課さず,対象者がいつも行っている方法で移乗動作を遂行させ,ビデオカメラにて 2方向から撮影し分析した.その他に,立位バランス測定として,開眼静止立位とクロステストによる重心移動範囲を測定した.
【結果】開眼静止立位とクロステストにおける左右・前後重心移動範囲について分散分析を行ったところ,静止立位にて不安定板の条件は他の3群比べ有意に前後動揺範囲が大きかった.クロステストにおける左右移動範囲は,裸足の条件が他の3群に比べ有意に大きく,前後移動範囲は健常者群の各条件間に有意な差がみられた(裸足>荷重制限>不安定板).片麻痺群の左右・前後重心移動範囲は,健常者群の裸足と荷重制限に比べ有意に小さかったが,不安定板との間には有意な差はなかった.
次に,移乗動作の動作開始から終了までの時間を100%とし,起立開始,前屈終了,肩甲帯回旋開始,骨盤帯回旋開始,起立終了,着座開始,骨盤帯回旋終了,肩甲帯回旋終了,殿部接地の9時期の相対的タイミングを算出し,分析した.各タイミングについて健常者の3条件に片麻痺群を加えた4群を比較した結果,肩甲帯・骨盤帯回旋開始は健常者群の3条件に比べ片麻痺群が有意に遅く,骨盤帯・肩甲帯回旋終了は,裸足の条件が他の3群に比べ有意に早かった.
【考察】立位バランス測定の結果より,健常者群の各条件は動的な重心移動範囲を段階的に狭小化させる条件であり,片麻痺群は不安定板の条件と同等な動的重心移動範囲を持つと考えられた.健常者の立位バランスに制約を加えた条件と片麻痺群の移乗動作の比較より,立位安定性の変化は,移乗動作における肩甲帯・骨盤帯回旋に関する相対的タイミングに影響を与えることが明らかになった.一方,移乗動作の起立・着座動作の相対的タイミングは立位安定性が変化しても不変的な要素であった.