抄録
【はじめに】肩関節挙上時には,肩関節のみならず肩関節複合体,体幹の機能が十分でなければならない。上半身質量中心点(上半身center of mass:COM)を支点として,上下部体幹の動きが効率のよい身体活動に関与すると諸家により報告されているが,肩関節挙上時での報告はない。そこで我々は,上半身COMに着目し,坐位での肩関節挙上時における矢状面での体幹,肩甲骨,骨盤の動きを検討した。
【対象と方法】対象は,健常成人27名,平均年齢23.0(18-32)歳。測定前に肩峰,上半身COM(剣状突起を通る水平面で胸郭前後径の中点),大転子にマーカーを添付した。測定は,自然坐位(坐位)と坐位における肩関節挙上位(挙上位)での肩甲骨傾斜角度,仙骨傾斜角度を水準計で計測し,挙上位での肩関節挙上角度を水準計つきゴニオメータで計測した。施行毎に角度計測後,矢状面像をデジタルカメラで撮影し,その画像より,肩峰と大転子を結ぶ線と,肩峰と上半身COMを結ぶ線とのなす角度(上部体幹角度),大転子と上半身COMを結ぶ線とのなす角度(下部体幹角度)を計測した。上半身COMは,坐位では添付したマーカーの位置とし,挙上位では上肢と体幹の質量中心点を算出し,その合成質量中心点とした。計測値を2肢位間で比較し,上部体幹角度と下部体幹角度の変化量(挙上位から坐位の値を減じた値)の比較と相関,上下部体幹角度と肩関節挙上角度,肩甲骨傾斜角度各々の相関を検討した。
【結果】前傾方向を正の値とし,平均値を坐位,挙上位の順に示す。肩甲骨傾斜角度は9.6°,-10.7°,仙骨傾斜角度は-7.9°,-5.5°,上部体幹角度は8.0°,-19.4°,下部体幹角度は-6.8°,9.1°で,坐位と比較し挙上位では仙骨傾斜角度を除く全てに有意な差(p<0.01)があり,肩甲骨と上部体幹は相対的に後傾,下部体幹は相対的に前傾した。挙上位で上半身COMは前上方に移動した。変化量は上部体幹が27.4°,下部体幹が15.9°で,上部体幹の変化量は下部体幹と比較し有意(p<0.01)に大きく,上部体幹角度と下部体幹角度に比較的強い相関(r=0.59,p<0.01)がみられた。上部体幹角度と肩関節挙上角度に比較的強い相関(r=0.44,p<0.05)がみられた。上下部体幹角度と肩甲骨傾斜角度に相関はなかった。
【考察】挙上位の上半身COM自体も前上方へ移動し,それを支点として上下部体幹の動きがみられ,肩関節挙上時にも,上半身COMを支点とした上下部体幹の動きが重要であることが示唆された。上部体幹の変化量が大きく,体幹の中でも上部体幹の伸展が特に重要であることが示唆された。肩甲骨と上下部体幹は一様の運動パターンを示さなかったが,上部体幹の伸展が大きいほど,肩関節挙上角度は大きく,上部体幹の動きは肩関節複合体の機能にも関与すると考える。