抄録
【はじめに】医療現場における転倒とそれによる骨折事故の発生防止が叫ばれている.対策の一つとして,転倒時の衝撃を緩和し,骨折を防止する効果が期待される衝撃緩和床材(以下SAF)が注目されている.我々は第10回熊本県理学療法士学会において, ウレタンポリエチレン発泡体を使用したSAFがコンクリート上ホモジニアス(以下Hom)と比較して衝撃を緩衝する一方で,バランス能力を低下させ,転倒リスクを増大させる可能性があることを報告した.本研究はその結果を受け,日常で最も頻繁に行われる動作の一つである立ち上がり動作(以下STS)時の身体重心(以下COG)軌跡を位相面にて解析し,位相面解析による評価の信頼性・有用性について検討することを目的とした.
【方法】対象は61歳男性,左被殻出血により右片麻痺を呈し発症から6週間経過.下肢Br.StageVであり,補助具なしにてSTS自立,一本杖及びAFOを使用し歩行自立している症例である.比較する床材として,HomとSAF(スミノエ社製)の2種類を選定した.対象はこれら2つの床面条件で裸足にて,上肢,座面等を支持することなくSTSを2回ずつ行った.なお,被験者には事前に実験内容を説明し,同意を得た上で測定を行った.STSの計測では身体各部(頭頂及び右側の肩峰,大転子,外側膝関節裂隙,外果,第5中足骨頭)にマーカを貼り付けデジタルビデオカメラ(Sanyo社製 DMX-C1)を用いて30フレーム/sで矢状面におけるSTSの模様を撮影した.撮影した画像はパーソナルコンピュータに取り込み,Scion社製画像解析ソフトScion Image Beta 4.02を用いて,STS及びその後の直立位保持姿勢(動作開始合図から8秒後まで)を解析した.COG軌跡の前後及び鉛直方向の座標を横軸に,各方向の一階微分値を縦軸にとり位相面上に表した.
【結果】動作開始から直立位になるまでの間,両者に著明な違いはみられなかった.直立位後では両者共に,前後方向において位相面上のある一定範囲(収束変動幅Hom:4.9mm,71.0mm/s, SAF: 10.0mm,79.6mm/s)に収束する軌跡を描いていたが,SAFでは収束後に広がりをみせ,変位および速度変動幅が増大した.鉛直方向においても両者共に位相面上のある一定範囲(収束変動幅Hom:4.5mm,68.3mm/s,SAF:5.3mm,66.0mm/s)に収束する軌跡を描いていた.
【考察】直立位後の軌跡は両者とも一定範囲に収束し,閉曲線となるため準安定状態であるといえる.しかし,SAFではHomと比較して収束変動幅が大きく,Homより不安定であると考えられる.さらにSAFでは収束後に軌跡が広がりをみせ,変位とその変化速度が共に増大したので不安定である.
【まとめ】床材の違いがSTS後の直立位保持姿勢の安定性に影響を及ぼした.位相面解析によりSAFはHomと比較して,不安定環境であることが定性的に認識でき,また定量的に評価することができた.