抄録
【はじめに】種々の動作を行う際に運動イメージを形成することが、身体機能に影響を与えることは多くの研究により明らかにされている。健常者を対象とした研究では、運動イメージを含むMental Practice(MP)がもたらす大脳皮質一次運動野の興奮性増大や筋力の変化等が報告されている。近年、脳卒中リハビリテーションへのMPの応用が注目されている。MPは「一切の筋活動を伴わない身体活動の象徴的リハーサル」と定義されているが、その方法論は研究者により様々である。また、運動イメージの形成には視覚的要素の重要性が述べられているが、これを利用したMP単独の効果は脳卒中患者では明らかにされていない。そこで今回我々は、上肢リーチ・把握映像を用いたMPが、実際のリーチ距離と主観的課題遂行能力に影響を及ぼすか否かを脳卒中片麻痺患者15例で調査した。
【対象】研究目的が理解でき、参加に同意の得られた脳卒中片麻痺患者15例を対象とした(男性11例、女性4例、平均年齢71±9歳、平均罹患期間16.9±23ヶ月)。ADL水準は車椅子使用が10例、杖歩行可能が5例であった。
【方法】課題動作は「テーブル上に置かれた水の入ったコップを非麻痺側リーチにより取る事」とし、MPに用いた映像は課題動作を三人称的視点と一人称的視点で撮影した10分間のものとした。評価はMP前後における座位でのFunctional Reach Test(S-FRT)の変化、課題動作を主観的に遂行可能と判定した最大距離(主観的最大距離)の変化とした。主観的最大距離はテーブルの遠位からコップを段階的に被験者に近づけ、視覚的に課題遂行可能と判断されたコップの位置と被験者との距離を測定した。またMP前後における主観的課題遂行能力と実際の課題遂行能力とのマッチングを判定し、ミスマッチ(主観的能力の過大評価)が生じた場合は誤差距離も測定した。統計解析は介入前後のS-FRT、主観的最大距離、誤差距離の平均を対応のあるt検定にて解析した。また介入前後における課題遂行のマッチング数の変化も調査した。
【結果】MP後の非麻痺側上肢S-FRTは介入前と比較して有意に延長した(介入前平均:39.7±8.9cm、介入後平均42.8±9.4cm、P=0.021)。主観的最大距離および課題遂行能力ミスマッチの誤差距離はMP前後で差が見られなかった。介入前に主観的能力と実際の能力との差は10例に生じており、5例は差が無かった。ミスマッチを生じた10例の内、介入後に能力が整合もしくは誤差の減少がみられた患者は7例、ミスマッチを生じた患者は3例であった。
【考察】ビデオ映像を用いたMPは適応となる脳卒中片麻痺患者の運動イメージ形成に有用であり、身体パフォーマンスの改善だけでなく、主観的能力と実際の能力との差を減少させる可能性があると考えられた。主観的能力の過大評価は動作のミスや転倒の危険因子にもなることから、本法は簡便かつADL能力の向上にも繋がる可能性を持つものと考えられる。