抄録
【はじめに】半側空間無視(以下、USN)は、到達目標レベルを制限する重大な要因である。今回著明な左USNを呈する患者に対して、認知運動療法の概念に基づき身体正中軸の再構築から治療を開始するアプローチを行い、約4.5ヶ月の治療介入により良好な経過を得たので報告する。
【症例】68歳男性。H16.3.20右被殻・視床出血、左片麻痺にて発症。6.15より当院での理学療法開始。開始当初の図形描写は著明に左欠損(描写は右の一部のみ)、60cmメジャーにて右端より5cm(3回平均)。開始時Br-stage上肢:2、下肢:2、手指:1。左への追視困難。頚部は常に右回旋位。感覚は表在・深部ともに重度鈍麻。端座位保持不可で姿勢は左に崩れるが、その状態を右と訴えるなど自己の姿勢に関する記述に誤りあり。Barthel index:20点(食事以外ほぼ全介助)
【治療内容】1.数字の追跡課題 2.身体正中軸の再構築を目的とした知覚課題(身体左右の距離比較・位置関係の比較、身体左右でのスポンジの硬度比較・識別など) 3.麻痺側下肢に対する知覚課題(運動方向・位置の識別、スポンジの硬度の識別など) 4.両側の触覚刺激部位識別課題 5.両側の関節運動方向の識別課題 2~5の課題は閉眼にて施行した。
【結果】図形描写の左欠損消失し、60cmメジャーにて右端より26cm(3回平均)。左への追視可。頚部はほぼ正中位。Br-stage上肢:2、下肢:3、手指:1。感覚は表在・深部ともに軽度~中等度鈍麻。端座位は正中位保持可能で、自己の姿勢に関する記述改善。移乗動作も監視レベルで可能となり、Barthel index:50点に改善。
【考察】USNの発現機序については注意障害説や表象障害説、視野障害説など諸説が述べられている。これらに基づく報告のほとんどは、視覚的注意の移行や左側への注意喚起など物理的空間に対するもの多いが、USNの改善やADL場面での汎化に至らない例は少なくない。一方、M.J.ファーラーはUSNにおける表象理論と注意理論は概念的に別個のものではなく、全体的なシステムとして機能していると述べている。また、塚本は空間認知の障害は物理的空間の障害ではなく、生物学的空間の障害であり、選択的注意は表象へと向かっていると述べている。つまり左USNとは、表象化された自己身体正中軸を基軸として、内的に注意を向けて表象化された左空間に実際の左空間をマッチングさせる認識過程に問題が起きた症状と捉えられる。よって、本症例においては、選択的注意の障害と表象障害の両側面から病態を解釈し、体性感覚を用いた身体正中軸の再構築から開始した。結果、正中軸の再構築課題が可能になるに従い端座位保持が可能となり、誤っていた記述も改善された。更に、体性感覚を用いた身体周囲の左右空間の再構築を目的とした課題を行い、麻痺側への注意の喚起、触覚刺激の識別などが可能になったことがUSNの改善、ひいてはADLの改善につながったと考えられた。