抄録
【はじめに】我々は昨年の本学会において発症2ヶ月時の坐位能力から歩行の予後を検討した。その結果、坐位能力の低下は退院時の歩行や在宅復帰を困難にしていることが示された。今回報告する症例は、発症約3ヶ月の時点から約7ヶ月間坐位獲得に向けアプローチを行った重度脳卒中患者である。坐位の安定が改善したことにより、ADLの介助量が大幅に軽減し在宅復帰を可能にした。慢性期坐位困難例への取り組みとして理学療法の一部を紹介する。
【症例】74歳男性、診断名は脳梗塞(右MCA領域)左片麻痺。2003年9月8日発症し保存的加療を受ける。発症直後に肺炎を合併。11月28日当院へ入院したがその後もMRSA腸炎などの合併症により下痢・熱発が続き、リハビリテーション(以下リハ)は病室内に制限される。2004年1月15日に胃瘻造設。既往で2000年に脳梗塞、軽度左片麻痺を呈したが独歩レベルに回復。臨床像:左麻痺側上下肢の随意性はなく、感覚障害は重度であった。覚醒に変動があり指示に対する反応は遅延し集中力に欠ける。左半側無視があり視覚認知障害を認める。ADLは全介助レベル、ベッド上の体動困難であり、ギャッジアップ坐位も保てない。寝返りや移乗の介助時は非麻痺側によるプッシングが強くみられ介助を困難にした。移乗は看護師2~3名の介助を要した。主たる問題点は、重度の体幹機能障害と、姿勢の崩れに対する気づきの低下、視空間認知障害、右非麻痺側による代償機能の低下と考えた。
【理学療法】坐位の場面は重力が負担となり体幹の屈曲を助長した。坐位で安定した殿部の支持面を得るため、側臥位にて左麻痺側股関節周囲の筋緊張とアライメントを調整した。寝返り起き上がりを誘導し体幹の立ち直りを改善するとともに、非麻痺側上下肢と体幹で床面をとらえる感覚を促した。動作のなかでは視覚情報と固有感覚情報の統合を意識した。背臥位では、ロール状にしたバスタオルを脊柱に合わせて背面に敷き(コアストレッチ)脊柱の伸展と立ち直り反応、体幹の分離運動を促通した。坐位ではテーブルを前方に置き姿勢と同時に視空間の安定を作り、頭頸部と体幹の伸展活動を促した。
【結果】端坐位自立には到らなかったものの、監視レベルで安定してきたことにより身体介助量が軽減し、食事はセッティングにて自立した。このため家族の在宅介護が現実的なものとなり、施設方針を覆し同年7月5日自宅退院となった。
【考察】坐位は起居移乗動作において中間の姿勢であり介助量に大きく影響する。坐位の獲得のために積極的な介助立位歩行も試みたが、本症例においては床面に近い治療場面の方がよい治療反応を得られた。重力適応や視空間情報処理能力に合わせ治療場面に工夫をしていくことが重要であると考えられた。回復期リハ病棟においては在宅復帰を支援することが期待されている。本症例のような重症例が長期のリハにより在宅復帰した意義は大きいと思われる。