抄録
【はじめに】高次脳機能障害は訓練場面よりも日常生活に著明化することが近年指摘されている。しかし、一般的に用いられる高次脳機能検査は机上で行なわれるものが多く、動作時における注意の評価法は現在のところ確立されていない。我々は第39回日本理学療法学術大会において脳損傷患者では歩行時に注意が低下し、歩行時注意機能検査が歩行自立度判定に利用できる可能性を示した。そこで今回は歩行時の注意を簡便に検査する試みとして、dual task paradigmに基づいて注意機能検査をトレッドミル歩行時に実施したので報告する。
【対象と方法】対象は神経学的に問題のない若年者12名(年齢24.0±2.9歳)、中高年者10名(年齢60.7±10.3歳)、脳血管障害による脳損傷患者12名(年齢55.6±11.1歳)とした。このうち右片麻痺6例、左片麻痺6例で、歩行自立4例、監視8例であった。また、事前に文書で研究への了承を全対象から得た。
今回用いた注意機能検査法はWMS-R注意/集中指標(精神統制・数唱・視覚性範囲課題)およびPASAT-2を使用した。検査は2日間連続で行い、初日は机上で、2日目はトレッドミル歩行時に実施した。速度は平地歩行を基準にし、安定して歩行できることを確認して行った。また歩行能力として、速度・連続距離・歩行観察を測定した。検討は各群の机上検査と歩行時検査の得点を比較し、更に3群間の得点差を比較した。また、得点が低下した症例の歩行能力について検討した。統計処理はwilcoxon符号順位検定を用い、危険水準を5%以下とした。
【結果】机上検査と歩行時検査の比較では、若年者群と中高年者群の得点が有意に向上した。一方、脳損傷患者群では有意差は認められなかったが、得点は歩行自立群で向上し監視群で低下する傾向があった。また3群間比較では、脳損傷患者群と他群間で有意差が認められた。
【考察】これまでの注意機能検査は検査条件が安静時であり、動作場面と条件が異なる為に検査結果が臨床像に反映されないことがあった。動作中の注意に関連したdual task paradigmを用いた先行研究では、片麻痺患者において歩行中に認知課題を行うと歩行が不安定になるとの報告がある。また、姿勢保持課題は干渉効果(interference)により認知課題を低下させると言われている。今回の結果から、歩行監視例では注意が歩行時に低下し、歩行観察でも歩行単独課題では見られない現象が生じることが確認された。3群間比較から、結果は年齢に有意な影響を受けないことが示唆された。得点が低下した例は机上検査が平均範囲内であり、歩行能力にも若干のばらつきがあった。これは安静時注意機能や運動機能だけではない要因、即ちinterferenceの関与が考えられた。今後、歩行時注意機能検査の有用性について更に検討する必要がある。