抄録
【目的】
「できるADL」と「しているADL」に大きなギャップが存在することがある。この原因の一つとして対象者の恐怖心の問題がある。セラピストが自立して行えると判断しても、対象者が出来ないことを理由にそれを拒む場合がある。この研究では、このような症例へのセラピストの対応により実際のパフォーマンスに影響があるのか検討することとした。
【対象と方法】
複数の理学療法士から見て自立歩行が可能と考えられ、「できるADL」と「しているADL」のギャップが大きく、同意を得た痴呆のない脳卒中片麻痺高齢者12名(平均年齢75.3±5.0歳)を対象とした(全例杖使用)。対象とする動作は歩行とし、歩行速度は任意とした。測定は全長20mの歩行路で行い、それに要した所要時間を測定した。セラピストが被検者の患側腋窩部に手をおいた場合(擬似介助)、セラピストが常に患側側方監視下で並行した場合(並行)、常に被検者の視界から外れて追行する場合(追行)の3条件で測定を行った。検者の合図とともに測定を開始し、身体の一部がエンドラインに達した時点で測定を終了した。学習効果や疲労を相殺するために測定はランダムに行った。ストップウォッチによる測定値は1/10秒単位のデータとして解析した。また、3条件で個人内での所要時間が最も短かった条件ならびに最も長かった条件の人数分布についても検討した。
【結果】
擬似介助では51.4±29.7秒、並行では58.4±44.2秒、追行では58.3±43.1秒で、3条件間での歩行時間に有意差は見られなかった。3条件の人数分布で、最も所要時間が短かったのは擬似介助(67%)で、最も長かったのは追行(75%)で、その分布は有意であった(p<0.05)。
【考察】
3条件での所要時間に有意差は認められなかったが、最も所要時間が短いのは擬似介助、最も長いのは追行に多く分布していた。そのため、時間上には反映されないもののセラピストの位置や接し方により何らかの影響はあったと考察する。パフォーマンスを行う際の注意資源には限界があり、過剰な注意はパフォーマンスの遂行を妨げることが知られている。特に今回の対象者は恐怖心や依存心が強いことから、このようなことが反映された可能性もあると考える。このことは、過剰な恐怖心や依存心をやわらげることが「できるADL」と「しているADL」のギャップを埋める方策になりうる可能性を示唆するものと考察する。しかし、今回の検討では歩行距離が20mと短く、任意での歩行速度で測定を行なった。そのため、3条件での所要時間に影響しなかったとも考えられる。今後は歩行距離や速度、歩行路の条件なども変えて検討していきたいと考える。