抄録
【目的】高齢者の転倒は大腿骨頸部骨折などを生じ、寝たきりの直接的な原因となる事が多く、大きな社会問題となっている。現在まで、転倒予防に対する様々な理学療法が行われているが、転倒時に直接的に関与する要因に着目した理学療法はほとんど行われていない。その背景には、転倒に至るまでの身体制御に関する報告は、静的な身体制御の報告が多く、動的に解析された報告が少ないことが挙げられる。そこで、我々は実際に転倒場面の運動特性を解析するため、被験者に滑りやすく加工した床反力計上を歩行させる事により転倒を誘発させ、転倒時(転倒群)ならびに非転倒時(非転倒群)の重心位置、下肢関節角度、関節モーメントを比較し転倒を生じる要因に関する検討を行った。
【方法】実験の目的および方法を説明し、同意を得た健常男性7例(21.4±4.2歳)を対象とした。ヘルメット、肘、手、股関節にプロテクターを装着し、両側の肩峰、大転子、膝裂隙、外果、第五中足骨頭にマーカーを貼付した被験者に、床反力計を中心に前後5mの歩行路を自由歩行させた。歩行時の転倒を誘発するため、シリコンオイルを塗布した塩化ビニル板を床反力計上に貼付し滑りやすく加工した。また、歩行路には滑り止めシートを敷き床反力計以外で足部が滑らないよう配慮した。動作は三次元動作解析装置(Oxford Metrics社:VICON612)、床反力計(AMTI社:OR6-6)5枚を用い、身体座標点、床反力を取り込み周波数120Hzで計測し、各体節の生体力学定数と共に数学モデル、力学モデルに代入、体重心、関節角度、関節モーメントを計算し、転倒群、非転倒群において比較した。
【結果】転倒群に足接地直後から足部が前方へ滑り出し300msec以内で重心位置の落下が生じていた。水平面内における体重心から床反力作用点間距離は足接地時には、転倒群、非転倒群において差は見られず、重心の落下が生じる頃、転倒群は足接地直後と同様の距離を保つが、非転倒群は体重心から床反力作用点までの距離が短縮していた。転倒群の足接地直後には股関節屈曲位、膝関節伸展位、足関節底屈位で股屈曲モーメント、足背屈モーメントが増大していた。非転倒群においては足接地時直後に膝関節背屈モーメントが転倒群よりも増大していたが、その後は股関節による立ち直り反応、ステッピングの出現が混在し、同一な反応を得られなかった。
【考察】転倒群における足接地時の体重心と床反力作用点間距離が非転倒群と比較し増加することが予想されたが、差は見られず足接地前の体の傾きが転倒に及ぼす影響は低いと推察した。一方、足接地直後に生じた非転倒群の背屈モーメントの増大は、足部が前方に滑るため、足関節は底屈位で下腿を前方に回転させる力を生じ、重心を前方に移動すると考えた。足接地時と同時に足部が滑る時は足関節背屈が重要な働きをすると推察した。