抄録
【はじめに】乳房腫瘍を発症し温存乳房腫瘍切除術後、肩関節の関節可動域(以下ROM)制限を呈した症例に対し、膠原線維の再配列に有用であるとされる温熱療法に着目しアプローチを行った。その結果、若干の知見を得たため考察を加え報告する。
【症例】左乳房腫瘍と診断された56歳の主婦。温存乳房切除術を施行され術後12日目より理学療法を開始する。初期評価時においてROMは左肩関節屈曲70°外転65°外旋45°水平外転5°であり、左前肩部及び左前胸部に圧痛、絞扼痛、左胸部の圧迫感、上腕から腹部にかけて伸張痛及びつっぱり感があり、ROM訓練時に術創部が離開するのではないかと言う強い不安感があった。
【方法】3回/日、定時的に約20分間の温熱治療(湿熱性ホットパック)を施行し理学療法を行った。ハイドロコレーターは80度に設定、バスタオルを8層に巻き皮膚温を38°~42°に上昇させる。
【結果】退院までの約4週において左肩関節屈曲145°外転120°外旋90°水平外旋30°と初期評価時に比しROMの改善は見られた。また、圧痛、絞扼痛、圧迫感、伸張痛、つっぱり感、不安感はいずれも軽減を見せた。
【考察】乳癌切除術後の関節拘縮は瘢痕組織により起こりうるものである。瘢痕組織は治癒過程で起こるものであり、術後4日目頃から始まり3週間の間に急速に増加する。また、瘢痕組織は架橋形成する事によって作られ、それが肥厚する事により拘縮をつくる。術後、上肢固定肢位をとり理学療法開始まで12日間を要した本症例においても瘢痕形成が進み拘縮が生じたものだと考えられる。しかしながらこの変化は不可逆的なものでなく一定の条件のもとでは回復させる事ができるものであるとされている。膠原繊維は初期において不規則に瘢痕内に生じるものの、この不規則な配列は組織再生と共に変化する。そこで一定の温度で溶解するとの報告がある膠原繊維を温める事により、前述のように一定の条件に近づけられるのではないかと考え、温熱治療を重視し瘢痕拘縮に対するアプローチ行った。この温熱治療を踏まえた上で肩関節における複合運動を考慮しながら、PTの徒手的なROM訓練の他、ADLに即した上肢の運動を行い上記載の結果となった。これは先に述べたように不規則に配列されて形成された瘢痕拘縮が温熱による皮膚温の上昇により膠原線維の再配列を促し、さらに瘢痕に対し適切な方向へのストレスが加わった事によるものではないかと考える。また、温熱治療の効果として肩関節周囲の軟部組織の柔軟性の向上、疼痛の軽減、及び癒着の進行を抑える事にも寄与したのではないかと考える。今回、シングルケーススタディである為、他者との比較ができなかった。よって当院における乳房腫瘍切除術後の理学療法対象者データを今後も収集し、より客観的なデータによる分析を図り、乳房腫瘍切除術後のアプローチに役立てていきたい。