抄録
【目的】高齢者によく見られる前屈姿勢は何が原因でもたらされるのだろうか?一般的には胸椎前彎の増強に代表される脊柱の変形が原因とされるが、脊柱変形の有無に関わらず歩行時に前屈姿勢を呈することもある。われわれは、転倒回避能力の低下が歩行時の姿勢変化を引き起こす一因と考え、転倒の回避と密接に関わる立ち直りの速さを反映したバランス評価機器を開発してきた。本機器は立ち直りを促す機構を持ち、重心の移動を空間的および時間的観点から評価する。本研究の目的は、高齢者において、1. 新しいバランス評価と歩行時の姿勢の関係、2. 骨関節機能(胸椎後彎、下肢関節可動域、体幹筋力)と歩行時の姿勢の関係、を明らかにすることとした。
【方法】被験者は事前に内容を説明し、参加について同意を得た地域在住高齢者19名(男性9名、女性10名、平均年齢 70.1 ± 5.4 歳)とした。
姿勢はトレッドミル上の快適速度での歩行で評価した。3次元運動解析より直立静止立位時を0度とした体幹座標系と骨盤座標系の相対角度で体幹角度を表し、これを前屈の程度を表す変数とした。
バランスは開発した滑る重心動揺計を用いて計測した。被験者をこの重心動揺計上に立たせ、1Hzのメトロノーム音に合わせるようつま先、踵を交互に上げ下げし重心を最大限前後に動かすよう指示した。バランス評価変数はこの時の重心前後移動軌跡の振幅と周期を用いた。
胸椎後彎の程度は自由定規を用い立位時の胸椎のカーブをトレースし、その曲線の山の高さで評価した。また、下肢関節角度はゴニオメーターを用い、一人の験者が股関節、膝関節、足関節、第1中足指節関節の屈曲と伸展の可動域を計測した。体幹筋力は筋力測定器 MYORET(川崎重工業)を用い、体幹の屈曲と伸展の等尺性トルクを計測した。
【結果】トレッドミル歩行で見られた体幹屈曲は、平均12.4 ± 5.3 度で、最大は22.9度、最小は1.5度であった。バランス変数は、重心軌跡の振幅が足長比で 0.73 ± 0.09、周期が2.6 ± 1.4 秒であった。体幹屈曲と有意な相関が見られたのはこの振幅のみであった(r = 0.471, p = 0.042)。胸椎後彎、関節可動域、体幹筋力には著明な加齢変化は見られず、どの変数も体幹屈曲とは相関が見られなかった。
【考察】1Hzのメトロノームに合わせた運動の周期は2秒である。今回の高齢者は音に運動を合わせられず平均2.5秒と延長する傾向が見られた。周期の延長はすばやい立ち直りを苦手とすることを示唆していると考えられ、高齢者の転倒回避能力の低さを物語るものと思われる。周期の延長が見られる者ほど歩行時に体幹が屈曲するという今回の結果から、バランス能力の低さが高齢者特有の姿勢変化を引き起こす要因になると結論づけた。
【まとめ】高齢者の前屈姿勢は、転倒の回避につながるバランス能力と密接に関係する。