抄録
【はじめに】座位での活動性の向上が、立位や歩行などの日常生活活動に影響を与えるため、座位での治療場面は広く用いられる。特に脳血管障害患者に対しては、座位活動の向上のために様々な方向への体幹運動や上肢到達動作を実施していく必要がある。我々はこれまでに座位での側方および前方移動距離が体幹筋の筋積分値に及ぼす影響について報告してきた。そこで今回は前外側方への移動距離の変化が体幹筋(腹斜筋群および腰背筋群)に及ぼす影響について検討した。
【対象と方法】対象は健常男性7名、平均年齢27.5歳であった。被験者に足底を床に接地した座位にて両肩関節45度水平内転位を保持させ、筋電計ニューロパック(日本光電社)を用いて、腹斜筋群(外腹斜筋、内腹斜筋重層部位)と腰背筋群の筋積分値を測定した。電極位置として腹斜筋群はNgらの報告にもとづき肋骨下縁より恥骨に向かう線上の近位部とし、腰背筋群はVinkらの方法に準じて第4腰椎棘突起側方3cmに置いた。電極間距離は2cmとし、皮膚インピーダンスを5kΩ以下に前処置し、10秒間、3回測定した。次に自作の移動距離測定器を片側の肩関節45度水平内転位を保持させた指尖から一直線になるよう配置し、5、10、15、20、25、30cmと移動距離を増加させ、上記と同様に筋積分値を測定した。測定中、視線は前方の一点を注視させ、両側上肢は床面と水平位のまま前外側方へ移動させた。座位における両肩関節45度水平内転位での各筋の筋積分値を1として、それぞれの筋積分値相対値を求め、分散分析とTurkyの多重比較を用いた。なお、対象者には本研究の目的、方法を説明し、同意を得た。
【結果と考察】移動側腹斜筋群の筋積分値相対値は、前外側方への移動距離の増加に対し変化を認めず、反対側腹斜筋群では前外側方への移動距離30cmにて若干の増加傾向を示した。腰背筋群に関しては、移動側では移動距離の増加に対し増加傾向を示し、反対側の腰背筋群は移動距離5cmに対し20cm以上で、筋積分値相対値の有意な増大を認めた。本研究における前外側方への課題は、体幹および骨盤の前傾要素と側方傾斜の要素が含まれていると考えられる。我々は先行研究において体幹前傾位の保持には、腰背筋群と下肢筋群の関与が大きく、腹斜筋群の筋活動の増大は必要でないこと、また側方移動では反対側の体幹筋群の重要性について報告してきた。今回、反対側腰背筋群の筋積分値相対値の有意な増加は、本研究課題である前外側方への上肢・体幹の変位に対し、その制動および姿勢保持に反対側腰背筋群の筋線維方向が一番効率よく関与できるため、有意な増加を認めたと考えられた。腹斜筋群に関しては、今回の課題においては体幹前傾要素が入るためそれ程筋活動を必要とせず、また移動側腰背筋群に関しても側方傾斜の要素があるため、それ程大きな変化を認めなかったと考えた。