抄録
【背景と目的】起き上がりは、基本動作の基礎的な構成要素の一つであり、それが可能か否かによって、その人のADL能力に及ぼす影響は大きい。起き上がり動作を評価する場合、「自立、一部介助、全介助」あるいは「可能、不可能」などといった質的な評価や、起き上がりのタイプ別による検討などが行われているが、定量的な指標を用いての検討は少ない。そこで本研究では、脳卒中片麻痺患者を対象に起き上がりに要する最短時間を測定し、上下肢ならびに体幹機能との関係について検討した。
【対象】当院で入院治療中の脳卒中片麻痺患者20名(右片麻痺14名,左片麻痺6名、男性13名,女性7名)であり、平均年齢は65.7±11.3歳、発症からの期間は23日から1211日、平均265.4±372.7日であった。調査対象者には、研究の主旨と内容について十分に説明し同意を得た後、調査を開始した。
【方法】背臥位から端坐位までの移行時間を2回測定し、最短値を起き上がり所要時間とした。身体機能の評価は、非麻痺側握力(握力)、非麻痺側の大腿四頭筋筋力体重比(四頭筋筋力)、麻痺側上・下肢のBrunnstrom Stage(Br.stage)、および体幹機能はTrunk Control Testの”起き上がり”を除外した項目(TCT)で評価した。
【結果】起き上がり所要時間と有意な相関を示したのは、相関が高い順に四頭筋筋力(r=-0.58,p<0.01)、TCT(r=-0.50,p<0.05)、握力(r=-0.50,p<0.05)であった。上下肢のBr.stageとは有意な相関が認められなかった。さらに、重回帰分析のステップワイズ法(変数減少法)により、起き上がりに影響を及ぼす因子として抽出された項目は、四頭筋筋力、TCTであり、標準回帰係数は順に-0.55、-0.46であった。
【考察】今回、起き上がりに影響を及ぼすことが考えられる因子と起き上がり所要時間との関連性を検討した。単相関分析の結果ならびに、重回帰分析の結果から起き上がり所要時間との関連が認められたのは、非麻痺側下肢筋力と体幹機能であった。すなわち、今回比較した測定項目の中では、麻痺側上下肢の機能より、非麻痺側下肢の機能、体幹機能のほうが起き上がり動作に及ぼす影響力が大きいことが示唆された。これらの知見より、片麻痺患者の起き上がり動作をスムーズにするためには、麻痺側上下肢機能へのアプローチばかりではなく、非麻痺側機能や体幹機能の向上を目的とした理学療法アプローチの重要性が示唆された。今後は、起き上がり不能群との比較検討や起き上がりのタイプ別での検討が必要であり、体幹・非麻痺側機能の向上プログラムの介入効果の検討などの縦断的研究が重要であろう。