抄録
【目的】肩関節に関する運動分析は若年健常者を対象とした報告が多く、高齢者を対象とした報告は少ない。今回、我々は高齢者における運動開始時の姿勢変化により、肩甲骨の動きと肩関節挙上角度(以下:肩挙上角度)がどのように変化するのかを体表からの計測及びX線評価にて検討したので報告する。
【方法】対象は65歳以上の高齢者で、今回の研究の主旨を説明し承諾を得られた20名(男性6名、女性14名、平均年齢78.3歳)である。肩関節疾患及びその既往のある者は除外した。肩甲骨の測定は高浜らの方法に従った。測定肢位は端坐位で自然姿勢と気をつけ姿勢である。肩甲骨上方回旋角、内方回旋角、前方傾斜角を利き手側の肩下垂位と肩最大挙上位(以下:肩挙上位)で測定した。また計測結果を確認するため、自然姿勢と気をつけ姿勢で肩下垂位X線正面像による評価を行った。肩挙上角度はそれぞれの姿勢で利き手側最大挙上角度を角度計にて測定した。
【結果】肩下垂位において自然姿勢で上方回旋角89.3±4.6°、内方回旋角31.8±4.4°、前方傾斜角53.6±6.4°、気をつけ姿勢で上方回旋角95.4±7.2°、内方回旋角27.1±5.5°、前方傾斜角46.1±7.9°であった。気をつけ姿勢では上方回旋角の増加、内方回旋角及び前方傾斜角が減少した(P<0.01)。またX線正面像評価においても体表からの計測結果と同様の動きを示した。肩挙上位では自然姿勢で上方回旋角135.6±8°、内方回旋角41.8±7.1°、前方傾斜角9.1±10.3°、気をつけ姿勢で上方回旋角139.2±7.3°°、内方回旋角37.3±7.4°、前方傾斜角-0.5±11.7°であった。気をつけ姿勢からの肩挙上位で上方回旋角の増加、内方回旋角及び前方傾斜角が減少した(P<0.01)。肩挙上角度は自然姿勢129.1±11.6°、気をつけ姿勢142.5±12.4°と増加した(P<0.01)。
【考察】高浜らの若年健常男性を対象とした報告と比較すると、我々の結果では内方回旋角と前方傾斜角の減少角度に違いがあることが示された。我々の方法とは若干異なるが、若年健常男性と高齢者においては肩甲骨の動く範囲に違いがあることが確認できた。自然姿勢と気をつけ姿勢での肩甲骨の比較では、肩下垂位と肩挙上位ともに有意な上方回旋角の増加、内方回旋角及び前方傾斜角の減少を示すことがわかった。肩挙上角度は平均13.4°の有意な増加を認めた。これは肩挙上時の姿勢変化が大きく関与していることが考えられ、肩甲帯周囲筋群の収縮により肩の安定性が向上し、関節窩の向きが前外上方へ変化することが一つの要因になるのではないかと思われた。