抄録
【目的】
等尺性運動は、運動療法において筋力増強練習としてよく利用されており、さらに、循環動態に強い影響を与える事が一般に良く知られている。一方、起立練習も運動療法において幅広く利用されている練習法であり、起立動作は重力により下肢への血液移動が惹起されて静脈還流量が低下し心拍出量が低下することが知られている。そこで今回我々は、起立位と同様の負荷をかける事ができる下肢陰圧負荷(以下LBNP負荷、LBNP:Lower Body Negative Pressure)装置を用いて、LBNP負荷のある場合とない場合における持続等尺性運動時の循環動態を測定し比較検討した。
【方法】
被験者は年齢21〜36歳の健常男性6名(平均年齢27.7歳)とした。被験者は背臥位で腹部から足尖までLBNP負荷装置の中に入り、まず負荷をかけない状態(0mmHg)にて測定した。測定プロトコールは、安静2分間の測定後、最大握力の35%で肘伸展位での持続把持運動を2分間行い、運動終了後4分間行った。その間、心拍数、血圧、インピーダンス法による心拍出量、ドップラーエコーによる総頸動脈血流量を30秒毎に測定した。その後、15分の間隔を空け、−40mmHgのLBNP負荷で同様の測定を行った。
【結果】
平均血圧、総頸動脈血流量については、両群間に有意な差は認められなかった。一方、心拍数は0mmHg時と比較して−40mmHgの方が有意に高い増加を示し、心拍出量は0mmHgのみ有意な増加が認められた。
【考察】
LBNP負荷が無いときに比べ、−40mmHg時において有意に高い心拍数の増加を認めた理由としては、圧受容器の作用によると考えられる。つまり、LBNP負荷により静脈還流量が低下し血圧が低下したため、圧受容器が刺激され血圧を維持するために心拍数が有意に高い増加を示したと考えられる。しかし、心拍出量の増加がなかったことについては、下肢への血液移動が惹起されて絶対量が低下したために維持するに留まったと考えられる。
−40mmHg時において心拍数の有意に高い増加が認められた事より、静脈還流量が低下した状態では、等尺性運動時に心拍数の増加が容易に起こることが示唆された。長期にわたる安静臥位は、体液量が減少することにより静脈還流量が低下することが知られている。今回のことから長期臥床した者が起立位で運動を行う事は、さらに心拍数の増加を招き易い事が予想される。つまり、循環動態に対する負荷が増加することが示唆され、この点からも早期離床をすすめることが重要である。