抄録
【目的】
健常高齢者の要介護化や軽度要介護高齢者の重度化の原因の一つとして転倒による骨折が挙げられる.高齢者の歩行は,加齢に伴う姿勢制御能の低下によって転倒のリスクが高く,歩行能力の維持・向上は転倒予防に繋がると考える.
歩行の安定化をはかる上で,重心移動をコントロールする支持脚の筋収縮が効率よく行われることは有益と考えられるため,今回,歩行パターンを明確に意識づけすることを目的として立脚相のみ選択的に足底を刺激する機器を開発し,臨床評価を行った.
【方法】
開発した機器(以下足底刺激装置)は,フレキシブル基板上に回路をプリントし,回路上にタクトスイッチ(SKQGAD,ALPS)を実装して,その上に振動モータ(FM34F,東京パーツ工業)を取り付けた.この足底刺激装置が被検者の母趾球・小趾球・踵部中央に接触するよう穴を開けたインソール型のスポンジに取り付けた.足底刺激装置はどれか1つのスイッチに荷重がかかることで3つのモータが振動する設計としており,立脚相全般にわたり足底に刺激を与えるようになっている.
対象は当院関連の通所介護施設利用者で要支援1~要介護2の要介護認定を受け,補装具を用いずに自立歩行可能で,著名な麻痺や整形外科疾患を認めない方12名(男性3名,女性9名,平均年齢79.4±7.5歳)とした.
測定は,上記機器を被検者の両側の靴に挿入し,刺激なし・ありの状態で16mの歩行(10mの歩行路+前後3mの加速・減速区間)を1回ずつ行い,その際の10m歩行時間と腰部加速度信号を測定し,比較した.加速度信号は3軸加速度センサ(H48A 日立金属)により収集され,サンプリング周波数1kHzで取得した定常歩行10歩の加速度信号の二乗平均平方根(以下RMS値)を算出し,検定を行った.
尚,本研究は当院倫理委員会の承諾を得,全ての対象者よりインフォームドコンセントを得た後実施した.
【結果】
実施に際し,被検者12名が安全に施行することが可能であった.
刺激なしでの歩行と刺激ありでの歩行の比較において,10m歩行時間と上下・前後方向のRMS値は有意差を認めなかったが,左右方向のRMS値は有意に減少した.
【考察】
10m歩行時間と上下・前後方向のRMS値への影響はみられなかったことより,上記機器の使用は歩行の阻害因子とはなり得ないと考えた.
刺激ありの状態で左右方向のRMS値が減少したことに関して,歩行時の重心の側方移動は立脚中期が最も大きくなることより,足底への刺激により立脚相を意識的に捉えることが支持脚の筋収縮を賦活したと考えた.
【まとめ】
今回使用した機器によって立脚相を選択的に強調することは,歩行時の動作効率を落とすことなく重心の側方移動を抑制することが可能で,歩行時の側方への転倒を予防する上での有効性が示唆された.