抄録
【目的】心臓外科手術後は、胸骨正中切開による創部の痛みや胸郭運動能の低下により肺活量や呼吸筋力などの呼吸機能が低下する。また、運動中は浅く速い呼吸(rapid and shallow breathing)を伴う換気亢進を認め、呼吸困難を訴えることもある。この運動時の換気亢進は、運動中の心拍出量応答不良による換気血流不均衡や中枢化学受容体反射感受性亢進、さらには胸骨正中切開術後の呼吸機能低下などに起因していると考えられる。運動中の換気亢進について、安静時の呼吸機能との検討は散見されるが、運動中の呼吸機能との検討やどの因子がより強い関連があるのかなどの詳細な検討は報告が少ない。本研究では、心臓外科手術後の運動時換気亢進のメカニズムを検討する目的で、換気効率と運動中呼吸パターンの指標(運動時の一回換気量(TV)と呼吸回数(RR)の関係、TV/RR slope)との相互関係について検討した。
【方法】対象は当院の外来心臓リハビリテーションに登録し、3ヵ月以上継続して監視型運動療法に参加した心疾患患者56名(平均年齢62.0±35.0歳)。対象を心臓外科手術後患者21名(CS群)と狭心性または心筋梗塞後患者35名(AP-MI群)に群分けした。両群それぞれに、心臓リハビリテーション開始時および3ヵ月時に心肺運動負荷試験(CPX)を実施し、嫌気性代謝閾値での酸素摂取量(AT-VO2)や最大酸素摂取量(peakVO2)、換気効率の指標であるVE/VCO2-slopeを算出した。また運動中の呼吸パターンを示す指標として、Y軸をTV、X軸をRRとしたTV/RR slopeの傾きを算出した。TV/RR slopeが急峻であると深くてゆっくりした呼吸パターンを、なだらかであると浅く早い呼吸パターンを示す。また、CPXと同時期に、最大呼気筋力(PE-max)と最大吸気筋力(PI-max)、肺活量(VC)、努力性肺活量(FVC)、1秒量(FEV1)、peak flow(PF)を測定した。
【結果】心臓リハビリテーション開始時には、CS群はAP-MI群と比べてpeakVO2、PE-max、PI-max、VC、FVC、FEV1で有意に低値を示した(p<0.01)。また、VE/VCO2-slopeはAP-MI群に比べCS群で高値を示した。TV/RR slopeは、CS群でAP-MI群と比べて有意に低値を示した(p<0.01)。3ヵ月時には、AP-MI群はpeakVO2、AT-VO2、VE/VCO2slopeが改善したのみで、その他の呼吸諸指標は改善しなかった。一方、CS群ではCPXの結果とすべての呼吸諸指標が有意に改善を示した。TV/RR slope はCS群で有意に改善したものの、AP-MI群では変化を認めなかった。VE/VCO2-slope とTV/RR slopeの相互関係は、心臓リハビリテーション開始時、3ヵ月時、双方の改善率ともに認められなかった。
【考察】運動中の呼吸パターンや経時的な呼吸パターンの変化と換気効率の間には相互関係を認めず、心臓外科手術後の運動時換気亢進はrapid and shallowの特徴的な呼吸パターンが必ずしも影響しているのではないことが示された。