抄録
【目的】
バランス能力の定量的な評価には,重心動揺計を用いた足圧中心の測定が行われる。臨床では,バランス能力の評価指標として,測定方法の簡便さからFunctional Reach Test(以下,FRT)が多用されている.FRTは前方への重心の移動能力(前方安定性限界)を反映する指標と考えられているが,その測定方法から足関節底屈筋,上半身の柔軟性,筋力が関与しており,更にFRT実行時のアライメントにも影響される.従って,本研究では影響因子が少なく,簡便に前方安定性限界を測定する方法を新しく考案し,重心動揺計による測定値およびFRTの測定値と比較することで,考案した測定法の有用性を検討することを目的とする.
【方法】
対象者は健常成人25名(男性18名,女性7名),平均年齢20.6±2.9歳,平均身長167.4±7.6cm,平均体重58.4±8.7kgであった.全ての対象者に内容を説明し,同意を得た上で測定を行った.FRTは右上肢を90°前方挙上し,そこから前方へ伸ばした最大到達距離を測定した.前方への足圧中心移動距離の測定は超音波式3次元動作解析システムZebris Win FDM(Zebris社製)を用い,前方に最大限重心移動した状態で10秒間保持した際の平均足圧中心の位置と踵からの距離を測定した.考案した前方安定性限界の測定法は2cm高の板の上に立ち,板の縁から踵を後方に移動させ,姿勢を安定に10秒保持可能な限界時の踵から板の縁までの距離を測定した.各測定は裸足で行い,下肢を肩幅に開き,FRTとZebrisに関しては,足底面が離れないよう指示し,ランダムに行った.すべての測定は3回行い,その平均値を代表値とした.統計解析はPeasonの相関係数を用いて分析し,危険率5%未満をもって有意とした.
【結果】
各測定の平均値は,FRT41.4±6.9cm,Zebris17.6±2.1cm,2cm台を用いた方法17.3±2.1cmであった.FRTとZebrisの相関はr=0.50(p<0.05),2cm台を用いた方法とZebrisの相関はr=0.71(p<0.01)であり,両者に有意な相関がみられたが,2cm台を用いた方法の方がより高い相関がみられた.
【考察】
FRTはその測定方法から,体幹の柔軟性,身長,上肢機能などの影響が指摘されており,FRTの値は重心移動と相関が低いとの報告が散見される.今回考案した方法は踵を単純に後方に移動させているため,上肢機能や体幹の柔軟性など他の因子の影響は少ないと考えられる.またFRTよりもZebrisとの高い相関がみられたことから,今回考案した方法は前方安定性限界を簡易的に測定できると考えられる.
【まとめ】
今後は後方および側方の安定性限界も測定し,全方向におけるバランス能力を検討していく必要性がある.更に,今回は若年成人での結果であるが,今後は高齢者での有用性や測定方法に影響を与える因子についても検討していきたい.