抄録
【目的】胚性幹細胞(以下ES細胞)は自己複製能を持ち、同時に外・中・内胚葉のいずれにも分化する多分化能を有している。一方、Duchenne型筋ジストロフィーはジストロフィン遺伝子を先天的に欠く疾患であり、ES細胞由来の筋芽細胞は筋ジストロフィーの治療において、donor cellsとして注目されているが、ES細胞を効率的に骨格筋細胞へと分化させる方法は確立していない。また、ES細胞は長期に渡り生体外での培養が可能であるが、継代(増殖した細胞を培養皿から剥がして再び撒き直すこと)の回数が増えるごとに、筋系統へ分化する割合が高まるように思われる。本研究では、ビトロにおいてES細胞を骨格筋細胞へ選択的に分化させる方法の確立のために、マウスES細胞の継代による分化効率の違いと、骨格筋分化を促進する可能性のあるスペルミン添加による分化誘導を検討した。
【方法】マウスES細胞(G4-2)を用い、継代回数ごとに初期群(p-5、7)、中期群(p-12、14)、後期群(p-15、17)の3群に分類した。それぞれの群ごとに胚様体(1000個細胞/unit)を作り、24穴プレートに移して経過を観察し、筋芽細胞を有する胚様体の割合を1日おきに計測した。また免疫蛍光染色法により、ミオシン重鎖、MyoD1、M-cadherinを検出し、融合して筋管細胞に分化した細胞を観察した。さらにRT-PCR法によって、骨格筋特異的に発現する転写因子であるMyoD1、Myf5、myogenin、M-cadherinを解析した。スペルミンは、それぞれ1mM、2mM、4mMの濃度で24時間培地に添加し、上記と同様の評価を行った。
【結果】中期群が他の継代群に比べて筋分化が早期に起こり、また筋分化の割合が高く、筋特異的な遺伝子であるMyoD1, Myf5, myogenin, M-cadherinが発現していた。また、ミオシン重鎖の免疫蛍光染色において、マウス筋芽細胞株C2C12の筋管細胞にはない収縮運動と筋節構造が多く観察され、MyoD1、M-cadherinについても陽性であった。一方、スペルミン1mM、2mMを添加することで、骨格筋への分化は若干早まる傾向があったが、染色結果に変化は見られず、筋特異的遺伝子の発現は見られなかった。
【考察】以上のことから、ES細胞は中期群が骨格筋細胞へ効率的に分化する傾向が見られたが、今後さらに試行回数を増やして検討する必要がある。また、スペルミンによる効率的な筋分化は誘導されなかった。今後、これらES細胞の培養条件と骨格筋への分化を促進する成長因子を組み合わせることで、さらに効率的な分化誘導法を検討していく予定である。