抄録
【目的】上肢を用いた日常生活動作やスポーツ活動において,肩関節は重要な役割を果たす.肩関節を構成する組織の一つである関節包は外傷後の不動化等によって短縮し,関節運動を制限する.特に後方関節包の短縮は肩関節の屈曲,内旋,水平内転の可動域に制限を与え,二次的障害として肩峰下Impingementや腱板断裂を誘発する.このような障害を予防,改善するために後方関節包の伸張手技は有効な治療法と考えられる.しかし,その手技に関して統一した見解は得られていない.さらに,これまでの報告は関節運動に伴った関節包の伸張を計測し,関節包に存在する組織の緩みを考慮していない.そこで,関節包の緩みを考慮した方法(Reference Length 0,以下L0)を用いて,真に伸張される肢位を明らかにすることを目的とした.
【方法】実験には未固定解剖体(平均死亡年齢82.4歳,男性3名,女性5名)から採取した肩甲上腕関節8標本を用いた.関節包や靭帯の損傷,関節に変形のある標本は除外した.関節包の伸張距離計測は小形変位測定センサーを用い,伸張距離の経時的計測にはレコーダーソフトを用いて市販のパソコンに記録した.角度計測には電磁気式3次元動作解析装置を用いた.関節包の計測部位は上・中・下の3部位に分けた.測定肢位は,肩甲骨面挙上0°・30°・60°・90°,屈曲60°,外転60°,伸展30°,水平内転位の8肢位に,各々最大内旋を加えた.測定手順は,まず各関節包のL0を決定し,その後,L0の値を開始値として各肢位における各関節包の伸び率を計測した.L0は関節包の伸張距離が最も小さくなる時点を称し,関節包の緩みが消失した状態である.本実験では関節包の伸張を伸び率として表すため,数値が正の値を示す場合を伸張が生じたものとした.
【結果】有意な伸び率を示した肩関節肢位は,上部関節包では肩甲骨面挙上0°で3.01%,伸展30°で3.35%.中部は肩甲骨面挙上30°で4.76%.下部は肩甲骨面挙上30°で5.65%,60°で2.23%,伸展30°で2.28%であった(p<0.05).
【考察】これまで,後方関節包は水平内転や外転90°の内旋位で伸張すると報告されている.これは解剖学や運動学に基づいて考案された手技と実際に計測を行なった手技間に統一した手技は得られていない.我々は関節包の緩みを考慮した方法を用いて関節包の伸び率を計測した結果,肩甲骨面挙上30°,60°と伸展30°での内旋位で有意な伸張が得られた.従来より提唱されている後方の伸張肢位は後下肩甲上腕関節を伸張し,後方関節包への影響は少ないと考えられる.また,本実験で得られた2.23%から5.64%までの関節包の伸び率は,肩関節包の張力‐伸張曲線のつま先領域から直線領域に相当し,関節包を伸張させる手技として有益であると考えられる.