抄録
【目的】腸骨大腿靭帯は不動により拘縮を生じ、股関節伸展制限に関与すると言われている。理学療法では拘縮した腸骨大腿靭帯を他動的に伸張する手技を実施しており、靭帯が効果的に伸張される肢位で行うことが重要である。しかし腸骨大腿靭帯の伸張肢位に関して統一した見解は得られておらず、またその伸張を定量的に観察した文献は見当たらない。本研究の目的は、未固定解剖標本を用いて股関節を他動的に動かし腸骨大腿靭帯の伸び率を測定し、上部線維束と下部線維束が選択的に伸張される股関節肢位を検討することである。
【方法】未固定解剖標本(平均死亡年齢80.3歳)8体8股を用いた。解凍後に股関節の靭帯を露出し、立位を想定した骨盤傾斜角度で骨盤を角材支柱に垂直に固定した。測定機器は靭帯の伸張距離測定のために小型変位測定センサーを、股関節角度の測定のために電磁気式3次元動作解析装置を用いた。
測定肢位は主要方向の股関節運動とその2つの組み合わせで行う。上部線維束の測定肢位は1.最大外旋、2.最大内転、3.最大伸展、4.伸展10°+最大外旋、5.内転10°+最大外旋、6.内転20°+最大外旋の6肢位とし、下部線維束の測定肢位は1.最大伸展、2.最大外転、3.最大外旋、4.外旋20°+最大伸展、5.外旋40°+最大伸展、6.外転20°+最大伸展、7.外転40°+最大伸展の7肢位とする。基準長(Reference Length: L0)を組織が短縮した位置から伸張させていくときに緩みがなくなったときの小型変位測定センサー計測距離と設定した。変位測定センサーの値を経時的に記録し、同時に3次元動作解析装置を用いて角度を測定した。伸び率(%)=(各肢位の実測値-L0実測値)(mm)/L0の針間距離(mm)×100とした。
【結果】上部線維束の伸び率は1.最大外旋で3.45%±3.03、5.内転10°+最大外旋で3.07%±3.22、6.内転20°+最大外旋4.09%±4.32でL0より統計学的に有意な増加を認めた(p<0.05)。下部線維束の伸び率は1.最大伸展2.34%±1.79、4.外旋20°+最大伸展1.81%±1.82でL0より統計学的に有意な増加を認めた(p<0.05)。そのほかの肢位では靭帯の有意な伸張を認めなかった。
【考察】上部線維束は6.内転20°での最大外旋位において最大の伸び率を示した。従って、上部線維束の主要な伸張方向は外旋、内転であり、下前腸骨棘から転子間線上部にかけて斜走しているため内転と外旋の組み合わせで伸張されたと考えられる。一方下部線維束は1.最大伸展位において最大の伸び率を示した。下部線維束が股関節前面にあり大腿骨の長軸方向へ走行しているためと考えられる。これらの結果は腸骨大腿靭帯の拘縮予防と治療の一助となると考えられる。