抄録
【はじめに】脳血管障害片麻痺(以下CVA)患者の歩行を見ると、麻痺側立脚期で膝折れなどの問題を呈する症例がいる。原因は様々であるがその再教育として前方へのステップ動作を用いることがある。今回、静止立位(Standing、以下St)及び一側下肢を一歩後方に引いた立位(Walk Standing、以下WSt)からの前方へのステップ動作を分析した所、健常者とCVA患者の下肢及び体幹の角度変位の結果から若干の知見を得たので報告する。
【対象と方法】対象は本研究に同意を得た杖歩行監視レベルのCVA患者(48歳男性、右片麻痺、発症後8ヶ月経過、下肢Brunnstrom stage3、FIM100点)と、健常男性5名(年齢28±5.1歳)である。測定課題は、大転子の高さに合わせた手摺を左手で把持し、StおよびWStから左下肢を前方へステップする動作を2回ずつ実施した。被験者の身体11ヶ所に反射マーカーを貼り、右上肢は肘90°屈曲し腹部の前で固定させた肢位とした。ビデオカメラで撮影した画像を2次元動作解析ソフトMove-Tr32/2D(ライブラリー社製)にて、角度(足・膝・股関節、骨盤、体幹、頸部)を算出し、動作開始から左足底が全面接地した肢位までの角度を角度変位とし、各々の角度変位の平均を健常者とCVA患者で比較した。
【結果】動作開始から終了までの各運動方向と角度変位は、Stステップで健常者の足関節は底屈→背屈8.5°、膝関節は伸展→屈曲4.4°、股関節は伸展→伸展5.4°、骨盤は前傾→前傾0.6°、体幹は正中→屈曲0.6°、頸部は伸展→伸展2.1°に対して、CVA患者の足関節は底屈→背屈7.6°、膝関節は屈曲→伸展4.9°、股関節は屈曲→伸展11.1°、骨盤は前傾→後傾0.5°、体幹は屈曲→屈曲2.7°、頸部は屈曲→屈曲15.4°であった。WStステップで健常者の足関節は底屈→背屈21.3°、膝関節は伸展→屈曲7.9°、股関節は屈曲→伸展20.5°、骨盤は前傾→後傾0.1°、体幹は正中→屈曲0.3°、頸部は伸展→伸展6.7°に対して、CVA患者の足関節は底屈→背屈10.6°、膝関節は屈曲→伸展4.4°、股関節は屈曲→伸展6.8°、骨盤は前傾→前傾5.4°、体幹は屈曲→屈曲9.5°、頸部は屈曲→屈曲24.9°であった。
【考察】StステップでCVA患者は膝・股関節、骨盤の運動方向が逆になっており、これは開始立位時の膝・股関節が屈曲位であることが関与していると考えられる。また体幹、頸部の角度変位は大きく、頸部は運動方向が逆である。CVA患者は推進方向に対して体幹伸展筋群を遠心性に収縮させることが難しく、姿勢制御が行えていないことが分かった。WStステップでは足・股関節の角度変位が少なく、逆に骨盤・体幹・頸部の角度変位は大きくなっている。Stステップよりも前方への推進能力が必要で、より股関節伸展と体幹の姿勢制御が求められるためであると考えられる。このことから麻痺側立脚期の再教育には、コントロールが難しいWStステップを用いることの重要性が示唆された。