抄録
【目的】
腰痛症患者に対する体幹筋力強化アプローチは,臨床場面においてよく実施されている.近年,腰痛症患者の伸展筋力低下に関する報告は数多いが,我が国に於ける体幹筋力の基礎データは健常者での結果のみであり,病態別での大規模な体幹筋力の特性を検討した報告はない.
本研究は体幹筋力の臨床評価及びアプローチの基礎データ作成のため,腰椎椎間板ヘルニア及び腰部脊柱管狭窄症におけるそれぞれの筋力特性の調査を目的とした.
【対象と方法】
対象は,当院にて腰椎椎間板ヘルニア(以下,ヘルニア群)及び腰部脊柱管狭窄症(以下,狭窄群)と診断され術前に体幹筋力測定をし得た500例である.ヘルニア群は235例で,平均年齢43歳,罹病期間8.2ヶ月,腰痛VAS 6.2,狭窄群は265例で平均年齢67歳,罹病期間54.0ヶ月,腰痛VAS 3.1であった.
体幹筋力は,日本人の健常者データが報告されているOG技研社製GT-350を用いて,屈曲及び伸展での体幹筋力を測定した.同一年代の健常者の筋力データとの比率を算出し,ヘルニア群と狭窄群で比較検討した.さらに疾患ごとに屈曲及び伸展筋力の特性を検討した.
【結果】
健常者に比べ,ヘルニア群では屈曲筋力は23%,伸展筋力は37%減少し,狭窄群では屈曲筋力は26%,伸展筋力は30%減少していた.また,両群ともに屈曲筋力に比べ,伸展筋力の減少率が有意に大きかった.疾患ごとの減少率を比較すると,屈曲筋力の減少率に差は認めなかったが,伸展筋力の減少率はヘルニア群が狭窄群に比べて有意に大きかった.
【考察】
我々は以前の研究で,腰椎椎間板ヘルニアの術前の伸展筋力低下と術後の改善率が低いことを報告している.本研究でも,同様にヘルニア群・狭窄群ともに,健常者に比べて屈曲筋力は20%以上,伸展筋力は30%以上減少しており,屈曲筋力に比べ伸展筋力の減少が大きかった.結果,ヘルニア群だけでなく狭窄群でも伸展筋力の低下が著明に出現することが示された.
以上の結果は,手術に至る例では腰痛や下肢痛により活動性の低下や制限の影響により,屈曲筋力に比べて抗重力筋である伸展筋力により影響が大きいと推察された.さらに疾患ごとの比較結果は,ヘルニア群では狭窄群に比べて伸展筋力の減少率が高かった.一般には,狭窄群ではヘルニア群に比べて発症年齢も高く罹病期間が長いことや,多くの症例が体幹伸展障害を呈するため伸展筋力低下が起こっている可能性が考えられる.しかし,本研究結果から,ヘルニア群では狭窄群に比べて腰痛VASが高いため,疼痛がより大きく影響している可能性が考えられた.
今後,MRIやCTによる筋断面積評価による筋委縮状態の検討と,術後の筋力との比較検討は必要であるが,手術対象の腰痛患者では体幹筋力低下が認められ,術前からの理学療法アプローチの必要性を示唆する結果と考える.