抄録
【目的】消化器系の癌に対して開腹切除術を施行された患者では、術後に食生活が変化することが多く、低栄養状態や体力の低下が危惧される。持久力の指標とされる最大酸素摂取量は、運動を習慣づけることで維持増大すると言われている。今回、慢性閉塞性肺疾患(以下、COPD)があり、なおかつ胃と直腸を癌で切除したにもかかわらず、運動習慣獲得後1年で、一秒率の増加と、最大酸素摂取量の維持が出来た症例を経験したので報告する。
【症例と方法】症例は肺気腫を合併し、癌により胃と直腸を同時切除された運動習慣のない70代男性。術前と退院前に呼気ガス分析装置(AERO AE300S,MINATO MEDICAL SCIENCE CO;LTD)を用いて運動負荷試験を実施し、最大酸素摂取量を測定した。退院時には呼吸指導に加え、術前の最大酸素摂取量の約50%にあたる運動負荷量を心拍数で提示し、その心拍数での歩行を毎日5000歩以上実行するように奨励した。退院後も同様の運動を継続し、一年後再び運動負荷試験を実施した。また、スパイロメーター検査を術前と一年後の受診時に行い、呼吸機能を評価した。
【結果】癌同時切除術前の最大酸素摂取量値は21.3ml/Kg/min、術後は20.3ml/Kg/min、一年後は25.5ml/Kg/minで、術後に少し低下したが、一年後には術前を上回る値となった。術前に測定された%VCは103.4%、一秒率は52.9%で閉塞性の呼吸障害を認めた。その一年後の%VCは96.3%、一秒率は68.6%で運動習慣獲得後に一秒率は増加していた。また、体重は術前53 Kg、術後に45 Kgに低下したが、一年後は45Kgで、運動習慣獲得による低下は認めなかった。
【考察】今回の一例では、癌により胃と直腸を切除したCOPD患者において、心拍数を指標とした歩行指導により最大酸素摂取量と一秒率が改善した。一般に、胃と直腸を切除後、消化吸収能や排泄機能に問題を抱え、栄養状態が悪化し、体重減少をきたすことがある。本症例では運動習慣獲得後も体重の増減はなく、栄養と運動のバランスがとれる程度の運動量であったと考えられる。また、COPD患者は下肢エルゴメーター運動により、ADLが改善すると報告されている。今回設定した運動負荷はCOPD患者に対する設定量としても適切であったと考えられる。運動負荷試験の結果をもとに、目標心拍数を設定し、体重に注意しながら運動を継続することで、最大酸素摂取量や一秒率を維持改善できる可能性が示唆された。