抄録
【目的】高齢者の姿勢制御能力は前後方向よりも側方において著明に低下すると言われている.しかし日常生活においてside stepを用いることは少なく,側方への移動には体幹および股関節の回旋を用いて90度方向転換をし,進行方向を向きながら歩き始めることが多い.歩行開始時の方向転換動作に関する先行研究は少なく,本研究は今後の研究の基礎としてこの動作の姿勢制御を明らかにすることを目的として行った.
【方法】本研究は実施に先立ち所属施設の倫理審査委員会の承認を得て行った.被験者は健常若年者10名(男性4名:21.8±0.4歳,女性6名:21.8±1.3歳)であった.被験者には事前に研究の目的と主旨を説明し,同意を得た上で行った.開始肢位は上肢を胸の前で組み,床反力計上で足幅を身長の10%にした立位とし,前方に設置した左右2つの光源の点灯による合図にて点灯した側の下肢(以下,非軸足)から動作を開始し,点灯側に90度方向を変えて歩き始めるよう指示した.試行順は左右無作為とし,快適速度で4回行った.マーカは両側の側頭部,肩峰,股関節,膝関節外側,膝関節内側,外果,第5中足骨頭に貼付した.計測は三次元動作解析装置Kinema Tracer(キッセイコムテック社製,60Hz)と2基の床反力計(AMTI社製,540Hz)にて行い,各関節角度,身体重心(以下,COM),足底圧中心(以下,COP)を算出した.光源点灯の合図から,非軸足の鉛直方向床反力が30N未満になる点(非軸足の足底が離地する点)までを動作分析対象とした.
【結果】COMは動作開始とともに進行方向へ動き,課題とした進行方向よりも右へ動く群(7名),左へ動く群(3名)が存在した.COPは光源点灯の合図後,非軸足側へ動いてから軸足側へ動く群(9名),合図後すぐに軸足方向へ動く群(1名)が存在した.合成COPが軸足側へ最大変位すると非軸足が離地することが確認できた.その後,軸足単脚支持期にCOPを前方へ変位させる群と,COPの挙動が極めて小さい群とに分けられた.非軸足が再度足底接地した後は通常歩行動作と同様にサインカーブ状の軌跡を描いた.また,動作中の股関節最大外旋角度は軸足股関節で23.7±7.4°,非軸足股関節で28.5±7.4°,体幹の軸足側への最大回旋角度は5.0±3.9°であった.
【考察とまとめ】COPとCOMの軌跡は通常の歩行開始時のものとは異なっていた.歩き始めに方向転換動作を行う場合には,方向転換しながら非軸足を振り出す必要があり,その力学的平衡を得るためにCOPは一度非軸足側へわずかに動き,COMをほぼその場に留めていると考えられる.歩き始めの方向転換動作でのCOPとCOMの制御は通常の歩行開始時のものとは大きく異なるため,高齢者には転倒リスクの高い動作であるといえる.本研究の歩行開始時の方向転換動作の評価は,バイオメカニクス特性を理解し,転倒予防や動作の安定化に向けた理学療法を行う上で有意義であると考える.