抄録
【目的】
呼吸運動は胸郭の運動と横隔膜の運動からなるが,胸郭の運動は複雑で多様な動きをするため,詳細な動きの実態は明らかではない.重症心身障害児は胸郭の変形が問題となるが、彼らへの呼吸器の理学療法を行う前提として、呼吸運動時の胸郭の動きの詳細を理解したいという問題意識を持つに至った.そこで、今回我々は肋骨間の距離(以下,肋間距離とする)が呼吸運動に連動して変化しているのではないかと考え,肋間距離の測定を通じて呼吸運動時の胸郭運動の実態を明らかにする試みを行った.
【方法】
被験者は男性10人(平均21.3±0.48歳)とした.肋間距離の測定には超音波診断装置(SONOACE PICO (MEDISON社))を使用し,肋骨間に位置する胸膜の長さをもって肋間距離とした.測定姿勢は座位,側臥位,仰臥位,腹臥位であり,呼吸様式は安静呼吸と努力性呼吸にて呼気時と吸気時にそれぞれ一回ずつ計測を行った.測定部位は,第2・3肋間と第7・8肋間における左右の前面,側面,後面とした.統計処理には三群以上の比較には一元配置分散分析法とTukeyの多重比較を,二群比較にはwilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準を5%にて検定した.
【結果】
安静吸気時と努力性吸気時の比較では,第2・3肋間において努力性吸気時より安静吸気時に肋間距離が長くなる姿勢・部位が多く見られた.しかし,腹臥位の胸郭後面では安静吸気時より努力性吸気時に肋間距離が長かった.第7・8肋間においては,腹臥位の左胸郭側面を除くすべての姿勢の胸郭前面,側面で安静吸気時より努力性吸気時に肋間距離が長かった.
吸気時と呼気時の比較では、第2・3肋間において努力性吸気時より努力性呼気時に肋間距離が長くなる姿勢・部位が多く見られたが,腹臥位の胸郭後面では努力性呼気時より努力性吸気時に肋間距離が長かった.
第2・3肋間と第7・8肋間の比較では、努力性吸気時において,座位の右胸郭側面,側臥位の右胸郭前面,仰臥位の左右胸郭前面において第7・8肋間より第2・3肋間の方が長かったが,側臥位の左右胸郭後面では肋間距離は第2・3肋間より第7・8肋間の方が長かった.
胸郭前面,側面,後面の比較では,安静・努力性呼吸時において胸郭前面が最も長い姿勢・部位が多く見られた.しかし,腹臥位の安静吸気時において,右第2・3肋間距離のみ胸郭後面より胸郭側面の方が長かった.
【考察とまとめ】
今回の結果では側臥位や腹臥位における胸郭後面の肋間距離の変化が特徴的に見て取れた.よって、側臥位や腹臥位を治療姿勢として選択し,胸郭後面の肋骨の運動を引き出すことによって,肋骨にかかわる関節の可動性を維持し,ひいては変形を予防し,結果として肺の換気能を改善することが期待できる.