抄録
【目的】立位姿勢バランスに影響を与える要因として固有感覚が挙げられるが,姿勢バランスとの関連性についての研究は膝関節位置覚に関するものが中心である.一方,複数関節の位置覚情報の統合が姿勢バランスに影響を及ぼすことも示唆されている.我々は若齢成人を対象に身体位置関係の認識と立位バランス能力の相関を明らかにした(Kawasaki 2008).今回は若齢成人と高齢成人の身体位置関係の認識誤差の比較を試み,立位姿勢バランスとの関係を調べたので報告する.
【方法】対象は同意の得られた20~29歳の若齢成人(平均年齢28.1±2.9歳)27名および68~81歳の高齢成人(平均年齢72.2±4.9歳)20名である.なお,高齢成人は中枢性疾患を有さず,HDS-Rで正常と判断された者とした.身体位置関係の認識誤差測定の基本肢位は,壁に後頭部,肩甲骨,殿部,踵部が接触した立位で他動的に測定肢である一側下肢を挙上(股関節屈曲40度,膝関節屈曲50度)し,挙上した足底に15cmの台を置いた安定した立位とした.この肢位にて大転子から膝蓋骨の距離を認識するように指示した.5秒後,被験者前方にメジャーを提示し認識した距離を両示指にて回答させた.その後,検者はメジャーを用いて実際の距離を測り誤差を算出した.上記手順を膝蓋骨から外果,外果から大転子の認識および実際の距離も測定し,これらの誤差の合計を「身体位置関係の認識誤差合計」とした.この身体位置関係の認識誤差合計と立位姿勢バランス能力(FRT/身長,Berg Balance Scale,開眼片脚立位時間)の関連性をピアソンの相関係数を用いて処理した.また若齢成人と高齢成人の身体位置関係の認識誤差合計の比較には対応のないt検定を用いた.なお,有意水準は5%未満とした. 【結果】高齢成人における身体位置関係の認識誤差合計と立位バランス能力にはFRT(r=-0.64,p<0.01),Berg Balance Scale(r=-0.53,p<0.01),開眼片脚立位時間(r=-0.71,p<0.01)と有意な相関が認められた.また,若齢成人に対して高齢成人における身体位置関係の認識誤差合計に有意な増加を認めた(p<0.01). 【考察】高齢成人においても身体位置関係の認識誤差と立位姿勢バランス能力に関係があることが示された.この結果は,立位姿勢バランス制御には空間における各体節間の位置関係を正確に認識することが必要であるという視点(Shumway-Cook 2000)を支持する結果となった.また,若齢成人と高齢成人の身体位置関係の認識誤差合計に有意差を認めた.加齢に伴い身体位置関係の認識誤差が増大し,それに伴い立位姿勢バランスの低下が認められる可能性が示唆された.この結果は加齢に伴い固有感覚の低下(森岡 2005)がみられる結果を支持するものになった.