抄録
【目的】当院での大腿骨頚部・転子部骨折においては,早期離床・早期荷重歩行の基本理念に基づき,術翌日からリハビリテーションを開始しており,その最終的な目標は自宅退院である.しかし,術後経過や社会的状況によって転院を余儀なくなれている患者も多く存在する.そこで今回,自宅退院に必要な因子を検討したので報告する.
【対象と方法】2002年~2007年までに当院にて骨接合術を施行し,当科に依頼のあった443例のうち,年齢55~85歳,受傷前が自宅生活者,屋内歩行が自立していた205例を対象とした.検討項目は,1.術後在院日数,2.歩行能力の維持・低下,3.認知症の有無,4.合併症の有無,5.同居人数,6.在宅介護受け入れ状況とし,対象を自宅退院群(129例)と転院群(76例)の2群に分け比較検討した.この際,在宅介護受け入れ状況に関しては,同居人数が複数で,かつ面会頻度がほぼ毎日であり,受け入れが可能であるものを良好とし,これらの情報は,本人・家族からの直接情報やカルテの記載内容から収集した.
【結果】術後在院日数,同居人数に関しては2群間に有意な差は見られなかった.歩行能力の維持・低下については,自宅退院群では歩行能力の維持91.5%,低下8.5%,転院群では27.6%,72.4%であり,有意差を認めた.また,在宅介護受け入れ状況に関しては,良好が自宅退院群で83.7%,転院群で47.3%あり,有意差を認めた.その他,認知症・合併症においても有意差が認められた.
【考察】大腿骨頚部・転子部骨折の自宅退院に必要な因子として,歩行能力の再獲得が最も重要であるとの報告がされている.今回の我々の結果も同様なものとなった.しかし,歩行能力が低下しているにも関わらず自宅退院が可能であった例が10%存在し,それらは全例介護受け入れが良好であった.よって,自宅退院を決定付ける因子は必ずしも歩行能力では無く,在宅介護受け入れについても同程度に重要な因子となることが分かった.認知症及び合併症に関しては術後リハビリの経過に影響を与えることは知られている.近年の医療情勢により在院日数が短縮化の傾向にある中で,これらの因子が目標とする歩行能力達成を大きく阻害しているためと考えられた.大腿骨頚部・転子部骨折患者のさらなる高齢化に加え,独居老人・老々介護の増加がとり立たされる中,入院期間の短縮などの社会的背景の悪化から,これまでのように歩行能力の獲得だけでは,自宅退院が困難であると思われる.よって我々が自宅退院を目標とするためには,運動能力のみならず,介護保険の導入を含めた社会資源の有効活用や家庭環境の設備,家族を中心とした支援者確保などの総合的見地から考える必要があると思われた.