抄録
【目的】
脳卒中片麻痺患者(以下片麻痺患者)は拘束性換気障害を呈し,その要因の一つとして麻痺側胸郭拡張性低下の影響が報告されている.しかし,これらの測定にはX線やCTなどが用いられており,理学療法士が麻痺側胸郭拡張性の程度を臨床上簡便に評価する方法は確立されていない.我々はテープメジャーによる片側胸郭拡張差計測法を考案し,健常青年において妥当性,信頼性を確認している.本研究の目的は,慢性期片麻痺患者の麻痺側胸郭拡張性を,片側胸郭拡張差計測法を用いて評価し,信頼性と妥当性を検討するとともに拡張性低下の程度を明らかにすることである.
【方法】
対象は慢性期脳卒中片麻痺患者15名(男性8名,女性7名)で,年齢は平均70±13歳であった.本研究は所属施設の倫理委員会の承認を得て実施し,対象者には書面および口頭で十分な説明を行い,対象者と家族から書面で同意を得た.胸郭拡張差計測は通常の全周胸郭拡張差計測と,麻痺側・非麻痺側の片側胸郭拡張差計測を行った.計測肢位は端座位で,腋窩高・剣状突起高・第10肋骨高にマーキングし,各計側を3回連続行った.各胸郭拡張差実測値(以下実測値)は,安静呼気位周径で除して胸郭拡張率(以下拡張率)を求めた.実測値から各計側の級内相関係数(ICC)を算出した.統計解析は計測値の正規性を確認した後,%肺活量と拡張率の関連の検討はPearsonの相関係数を用い,麻痺側・非麻痺側拡張率の和と全周拡張率の関連の検討は,Pearsonの相関係数およびSpearmanの順位相関係数を用いた.さらに,麻痺側・非麻痺側拡張率平均値の比較は,対応のあるt検定およびWilcoxonの符号付順位検定を用いた.有意水準は5%未満とした.
【結果】
%肺活量の平均値は87.5±13.3%で,7名に拘束性換気障害があった.ICCは全計測で高い値(0.99)を示した. %肺活量と剣状突起高全周拡張率および非麻痺側拡張率の間に有意かつ中等度の相関があった(r=0.52, 0.54).麻痺側・非麻痺側拡張率の和と全周拡張率に,全計側高位で有意かつ強い相関があった(r=0.76~0.97).腋窩高拡張率の中央値は麻痺側1.1%・非麻痺側3.1%,剣状突起高拡張率の平均値は麻痺側2.4%・非麻痺側4.2%,第10肋骨高拡張率の中央値は麻痺側2.7%・非麻痺側4.2%であった.全計側高位において,麻痺側・非麻痺側拡張率の間に有意差を認めた.
【考察】
本研究の結果から,テープメジャーを用いた片側胸郭拡張差計測法は,片麻痺患者においても,マーキングなどの配慮をして計測すれば信頼性・妥当性があり,麻痺側拡張性低下を明らかにできると考えられた.また,今回対象とした慢性期片麻痺患者の麻痺側胸郭拡張性は非麻痺側の35.5~64.3%に低下していることが明らかとなった.今後,他の呼吸機能指標や,歩行能力,ADLなどとの関連を検討する必要があると考えられる.