抄録
【目的】リハ室で治療を受けている患者がどのようなリスクを有しているか,担当療法士以外は熟知していない可能性がある.リハ室での事故防止のため,ミーティング時に患者のリスク情報を担当療法士が他の療法士全員に報告し,その内容がどの程共有されているかを数値化し,そのリスク認識度を検討した.また,療法士間においてこの認識度にばらつきがある患者群はリスクが相対的に高いと考え,その患者群の特質についても検討した.
【方法】当施設のリハ室にて理学療法や作業療法を実施しているハンセン病後遺症を有する患者121名中53人(男29人,女24人,平均年齢83.4±5.1歳)について,その担当療法士5名が,リハ室に来ている時間,曜日,病名,障害名,想定されるリスク,過去に生じた事故またはヒヤリハットとその対処,他の療法士に注意してもらいたいことを,毎日一患者ずつ報告した.療法士はその報告を,全く意外だった場合は0点,言われてみればなるほどそうだと思った場合は1点,自分もほぼ同様の認識だった場合は2点と数値化した.リスク認識度について,療法士ごとの平均点と患者ごとの得点の標準偏差(以下,SD)を算出した.さらに,SDが小さい患者を「安全群」,大きい患者を「危険群」とし,それぞれの群の患者の特性を移動能力,視覚,認知の3点で考察した.なお,療法士全員に本研究の目的,方法を説明し同意を得た.
【結果】想定されるリスクは,転倒が43例で最も多かった.各療法士のリスク認識度の平均は2点満点中,療法士A(経験年数(以下,経)23年,当施設での勤務年数(以下,勤)2年)が1.33,療法士B(経8年,勤7年)が1.90,療法士C(経10年,勤6年)が1.58,療法士D(経5年,勤5年)が1.69,療法士E(経1年,勤1年)が0.54であった.患者ごとの療法士間でのリスク認識度のSD値は0から1.10の範囲にあり,その分布は2峰性を示した.当施設での勤務年数が短い療法士A,Eを除くと,SD値は0から1.15の範囲をとり,正規分布を示した.また,「安全群」と「危険群」について,移動能力,視覚,認知能力を比較したが両群に大きな差はなかった.
【考察】基本的に患者の入れ替えがない当施設では,療法士としての経験年数よりも当施設での勤務年数の方が患者のリスク認識度のばらつきを大きくする要因の一つであることが推察された.また,療法士間の認識のばらつきから見た患者のリスクの大きさは,患者の客観的に把握できる身体や精神能力以外の要因に影響されることが示唆された.療法士間で,患者の背景にまで踏み込んでリスク情報を常に共有,更新していくことが事故防止につながると考えられる.今回提示した認識度のばらつきを用いることによって簡便に患者リスク情報の共有度を数値化でき,療法士が見落としがちなリスク抽出に有益であると考える.