理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: Se2-034
会議情報

専門領域別演題
視覚刺激による足関節の自己運動錯覚の誘起により皮質脊髄路興奮性は増大する
青山 敏之金子 文成速水 達也柴田 恵理子
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

【目的】先行研究より,Kanekoらは視覚刺激入力により,被験者が一人称的に運動していると錯覚するような動画の提示方法を考案した(Kaneko F, et al., Neuroscience, 2007)。さらに,この自己運動錯覚の誘起に伴い,動画に関連する筋から得られる運動誘発電位(MEP)が選択的に上昇する事を明らかにした。しかし,この自己運動錯覚の効果は手指や手関節を標的とした研究により明らかにされたのみであり,下肢を対象とした研究は行われていない。また,上肢と下肢では神経解剖学的に相違があること,視覚と体性感覚の関連に相違があることが想定されることなどから,視覚刺激入力による自己運動錯覚の効果が上肢と下肢では異なる可能性がある。このような背景から我々は,第43回理学療法学術大会にて足関節に対する自己運動錯覚の効果について予備的実験の結果を報告した。本研究では,以前の研究から対象者数を増やし,さらに足関節の背屈・底屈の両運動方向において自己運動錯覚が誘起されるか,さらには,その時の皮質脊髄路興奮性が変化するかを明らかにするための実験を実施したので,改めて報告する。

【方法】被験者は健常成人10名とした。測定肢位は安楽な椅子座位とし,左側の下腿前面を覆うように液晶モニタを配置した。視覚条件は安静条件と錯覚条件とし,錯覚条件では第三者の足関節が底屈・背屈を繰り返す動画を液晶モニタ上に呈示した。さらに,その位置や動画の大きさを調節することにより,あたかも被験者自身の足関節が動いていると感じるような自己運動錯覚を誘起させた。安静条件では,錯覚条件と同様の設定にて足関節中間位の静止画像を提示した。筋電図の記録には表面皿電極を使用し,貼付部位は前脛骨筋とヒラメ筋とした。得られた筋電図は増幅後,バンドパスフィルター(5Hz~1KHz)を通過させ,サンプリング周波数20KHzにてA/D変換した。経頭蓋磁気刺激にはダブルコーンコイルを使用し,各条件時の運動誘発電位(MEP)を導出した。刺激強度は安静時閾値の1.05倍,1.15倍,1.25倍とした。錯覚条件における刺激タイミングは動画上の足関節が底屈位から最大背屈位に到達した時点(錯覚背屈条件)と背屈位から最大底屈位(錯覚底屈条件)に到達した時点とした。また,錯覚背屈条件,錯覚底屈条件時における自己運動錯覚の程度をVisual Analogue Scale(VAS)を使用する事により調査した。得られた前脛骨筋とヒラメ筋のMEP振幅は最大M波にて正規化した後,条件を要因とした反復測定による一元配置分散分析を実施した。また,VASについては両錯覚条件(錯覚背屈条件,錯覚底屈条件)にてウィルコクソンの符号付順位和検定を行った。

【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿って実施された。また,十分な説明の上,同意の得られた被験者を対象として実施した。

【結果】自己運動錯覚の程度を示すVASは錯覚背屈条件において平均58.5(±16.7),錯覚底屈条件において43.5(±12.5)であり,錯覚背屈条件において有意に高かった(p=0.0076)。前脛骨筋のMEP振幅は全ての刺激強度において安静条件と比較して錯覚背屈条件において有意に高かった(1.05倍:F=8.046, p=0.0032,1.15倍:F=8.247,p=0.0029, 1.25倍:F=4.586, p=0.0246)。ヒラメ筋のMEP振幅は全ての刺激強度で錯覚底屈条件において高い傾向にあったが有意差はなかった(1.05倍:F=1.517, p=0.246,1.15倍:F=3.389,p=0.056, 1.25倍:F=0.877, p=0.433)。

【考察】本研究結果より,錯覚背屈条件において平均58.5という比較的高い自己運動錯覚が誘起されるとともに,背屈の主動作筋である前脛骨筋のMEP振幅が選択的に上昇した。よって,前述のKaneko F et. al の報告した視覚刺激による自己運動錯覚の誘起方法は足関節を対象とした場合にも応用可能である事が明らかとなった。しかし,ヒラメ筋のMEP振幅は足関節底屈条件にて上昇する傾向を示したものの,有意差はなかった。また,錯覚底屈条件における自己運動錯覚の程度を示すVASは,錯覚背屈条件時よりも有意に低かった。よって,ヒラメ筋においてMEP振幅が変化しなかったことは,誘起した自己運動錯覚の程度に起因する可能性があると考える。これらのことから,足関節を対象とした視覚刺激により自己運動錯覚が誘起され,皮質脊髄路の興奮性は上昇するものの,その効果には運動方向による差異があることが示唆された。

【理学療法学研究としての意義】本研究は,特に脳血管障害やギプス固定中など自発的な運動が困難,あるいは制限される状況下の症例を対象とした脳機能への介入方法を開発するための基礎的知見として意義が高いと考える。

著者関連情報
© 2010 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top