理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: Se2-033
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専門領域別演題
Dual Motor Taskにおける運動制御について
経頭蓋磁気刺激を用いた電気生理学的検討
上原 一将東 登志夫田辺 茂雄菅原 憲一
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抄録

【目的】日常生活の中で2つの運動課題を同時並列的に処理し,二重運動課題(Dual Motor Task;以下,DMT)として動作を遂行しなければならない場面は多い。例えば,「歩行をしながら物を運ぶ」など歩行を担う下肢の運動と上肢課題を同時並列的に制御しなければならない。このような2つの課題を同時に行う場合,一方の課題がもう一方の課題に対して干渉作用を及ぼすことが報告されている。リハビリテーションのゴールとされる日常生活の再獲得には,歩行と上肢課題を同時並列的に制御する能力が要求されるためDMTに関する運動制御機構を解明することは重要である。本研究の目的は「歩行」と「視覚追従を伴う手指把握課題」という2つの課題を同時に実施するDMTを実験パラダイムとし,実験1として一側課題の難易度変化が他課題の運動制御機構に及ぼす影響について経頭蓋磁気刺激(以下,TMS)を用い,一次運動野(以下,M1)の動態を検討した。さらに,実験2として2つの運動課題を同調させたリズムで行った場合の課題間干渉作用についてTMSを用いて検討することとした。
【方法】対象者は右利き健常成人20名(年齢25.8±4.7歳)。実験1では,トレッドミル(BIODEX社製)上を歩行する課題(第1課題)とし,各被験者の最大歩行速度を計測したのち,最大歩行速度の30%(gait 30%),50%(gait 50%),80%(gait 80%)の異なる3つの歩行速度を設定した。なお,安静立位はcontrol条件として行った。また,もう一方の課題は,第1課題試行中に同時並列的に視覚追従を伴う手指把握課題(第2課題)を行った。なお,手指把握課題は5%MVC,25%MVCの2条件を設定した。手指把握課題は,トレッドミルに設置した歪みセンサーを用い,被験者には画面上にあらかじめ提示されている指標に沿うように応答マーカーを正確に制御するように指示した。さらに,各条件における視覚追従を伴う手指把握課題のパフォーマンス変化を検討するために手指把握課題の誤差を算出した。実験2は,実験1と同様のシステムを用い,至適歩行と手指把握課題が同調する2HzのDMT及び至適歩行と手指把握課題が同調しない0.7HzのDMT,計2条件についてTMSを用い検討した。TMSは各実験ともに磁気刺激装置(Magstim-200)を用い,DMT施行中に刺激を行い,8字コイルにて左M1を刺激し測定を行った。運動誘発電位(以下,MEP)は誘発電位・筋電図検査装置(Neuropack)を用い,手指把握課題の主動作筋となる右第一背側骨間筋(FDI)を中心に手指,前腕,計4筋から記録した。実験終了後,DMT中のMEP振幅値(peak-to-peak)及び手指把握課題の課題誤差値を算出した。MEP振幅値は,被験者間の比較を行うためControl条件で得られた各値を基に標準化し,MEP振幅比を算出した。統計処理は,実験1において5%MVC課題及び25%MVC課題各々で歩行速度3条件におけるMEP振幅比及び課題誤差の変化を比較するためにrepeated-measures ANOVAを行った後,Tukey’s HSD法を行った。実験2では,2Hz及び0.7Hz のDMTにおけるMEP振幅比,課題誤差を比較するためにwilcoxon runk sum検定を行った。なお,有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき,神奈川県立保健福祉大学研究倫理審査で承認を得て,被験者に十分説明を行い同意書にて同意を得た。
【結果】実験1:手指把握課題の主動作筋となるDMT中のFDI MEP振幅比は,5%MVC課題においてgait 50%ではgait 30%,gait 80%と比較して相対的に低値となった(F=6.80,p<0.05)。手指把握課題の課題誤差は,歩行3条件ともに有意な変化は認められず一定に保たれていた(F=0.21, p=0.83)。25%MVC課題では,FDI MEP振幅比及び課題誤差に統計学的有意差な変化は認められなかった(FDI MEP振幅比; F=1.50,p=0.22 課題誤差;F=0.35, p=0.78)。
実験2:2Hz 及び0.7Hz DMTのFDI MEP振幅比及び課題誤差を比較した結果,2Hz DMTのFDI MEP振幅比は0.7Hz DMTよりも低値と(p<0.05)なった。課題誤差に関しては2Hz及び0.7Hz DMT間に有意な変化は認められなかった(p>0.05)。
【考察】実験1から歩行速度の変化が把握課題を制御するM1の興奮性を変化させることが示唆された。DMT中の手指把握課題のパフォーマンスは歩行速度が変化しても一定に保持されていた。よって,ゆっくりとした歩行(gait 30%),速い歩行(gait 80%)のような努力的な歩行で錐体路細胞の興奮性が高まったのは,手指把握課題のパフォーマンスを一定に保つためのM1の調性的な活動となることが推察される。
また,実験2から歩行と同調した手指把握課題はM1の興奮性を必要以上に高めることなく課題を遂行することが可能であり,2つの課題が同調することでDMTの課題間干渉作用はみられない可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】本研究は,健常人を対象としたDMT運動制御のモデル研究であり,今後中枢神経疾患のDMTを解析する上で基礎的な指標となる。

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© 2010 日本理学療法士協会
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