抄録
【目的】スポーツ中の足関節の外傷・障害の頻度は高く、平成19年度のスポーツ安全協会傷害調査報告集によると全報告の17.2%を占め、またアメリカでは1日に25,000件以上の足関節捻挫が起こっているとされている。外傷後などにしばしば認められる足関節の腫脹は、損傷の程度の判断や運動療法を施行する上で重要な徴候のひとつであり、腫脹の長期にわたる存在は治癒過程を阻害し、疼痛や関節可動域制限を残す原因となる。
腫脹の評価は反対側と比較して行うことが多いが、もともと足部および足関節の体積に左右差が存在するのであれば、前もってそのことを考慮する必要がある。実際、足底板の作成時やスポーツ現場などにおいてシューズのサイズに左右差がある選手によく遭遇する。
そこで本研究では、水槽排水法による体積測定を行い、健常者の足部および足関節の体積に左右差があるかどうかを明らかにすることを目的とした。
【方法】対象は足部および足関節周囲に腫脹を認めず、下肢に循環系の疾患、外傷を有さない健常成人25名(男性13名、女性12名)50足とした。対象すべての利き手は右であり、年齢(平均±標準偏差)は26.9±5.2歳、身長は166.7±7.8cm、体重は61.4±10.7kgであった。
水槽排水法による体積測定には特製の水槽(ポリスチレン製、29×19×17cm、排水溝の高さが底から12cm)を用いた。水槽に33°C(皮膚温)の温水を排水溝まで一定の重量入れた後、椅坐位にて足を静かに入れ、足尖が水槽の前壁、足底が水槽底面、下腿後面が後壁についた状態で静止し、溢れ出た水の重量を計測した。水の重量1gを1mlとし体積を求めた。
測定に先立ち、体積が変化しない合成樹脂製ボトルの体積測定を10回繰り返すこと、さらに、対象の各足の体積測定を3回繰り返し、測定の信頼性を確認した。
測定の信頼性の検証にはボトルの体積測定に変動係数を、対象の各足部および足関節の反復測定に級内相関係数(ICC)を用いた。また、左右差には対応のあるt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。
【説明と同意】対象には事前に研究の目的と方法に関する説明を十分に行い、同意を得て測定を行った。なお、本研究は当院倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号902)。
【結果】ボトルを繰り返し10回水槽に沈めた結果、その体積は1034.0±2.4ml、変動係数は0.2%であった。また、各足の体積の反復測定の結果、ICC(1,1)=0.99であった。足部および足関節の体積は、左足が948.0±136.9ml、右足が934.6±133.7mlで、左足の体積が有意に大きかった(p<0.01)。左右の体積の差は13.4±15.7mlで、右足部および足関節の体積を100%とした場合、左は101.4±1.8%となった。
【考察】今回、足関節外傷後などに起こる腫脹の評価を、反対側と比較して行うことの可否を検証するため、足部および足関節の体積の左右差を信頼性の高い方法で調査し、左がより大きいことが明らかになった。
板倉(2008)は、足関節外側靭帯損傷の4例に対し、理学療法前後での足部および足関節の体積を計測した結果、10~26mlの減少を認めたと報告している。この報告からも分かるように、理学療法による腫脹増減の程度は必ずしも大きいものではなく、今回のような測定の信頼性の高い方法で測定を行うことは重要であると考える。
平沢(1980)は、片脚立位時における足底の接地面積が左足の方が大きいことや重心動揺における総軌跡長が左足の方が短く、内部面積が左足の方が小さいことから片脚支持能力は左足でより高いと報告し、これが足部および足関節体積の左右差に関係すると考えた。また、馬場(1979)は足長が左足でより大きいこと、嶋根ら(1997)は足長、足幅、外輪郭面積、足底面積が左足でより大きいことを報告し、二次元における足部の左右差を示したが、今回は体積についても左足が大きいという結果が得られ、三次元においても足部および足関節に左右差があることが明らかになった。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、足関節周囲の腫脹の評価において反対側と比較をするときに、もともと存在する左右差を考慮するべきであることが示唆された。左の足部および足関節の体積が右に比して約13.4ml 、1.4%大きいことは無視できず、この差を考慮することは腫脹の評価を行う際の臨床的な目安のひとつとなりうると考えた。この足部および足関節の体積の左右差は足関節捻挫の治療のみでなく、靴選びの際にも考慮すべきことかもしれない。
今後は、今回の体積測定手順を用い、腫脹に対する様々な理学療法の効果を検討していきたい。