抄録
【目的】
筆者らは先行研究でダイナミックストレッチング(以下,DS)実施前後の股関節屈筋群の等速性筋力と筋活動の関係について,10回から30回のDS実施後のトルク変化には筋疲労の影響よりも筋力発揮における質的な影響があると報告した。今回の実験では,DSの回数をさらに増やした場合の変化について検討することを目的とした。
【方法】
整形外科学的,神経学的に問題のない健常男性7名の利き足7肢を対象とし,DS実施前後の筋力と表面筋電図の変化を検討した。DSは安静立位を開始肢位とし,一側の股関節と膝関節を90度屈曲位まで同時に屈曲させた後に元の立位に戻るまで股関節と膝関節を同時に伸展させる動作とした。なお,下肢挙上から開始肢位に戻るまでの時間は1秒間とし,被験者にはメトロノームを用いて誘導した。また,DSの実施回数は10回,20回,30回,40回,50回の5種類を設定した。DS実施前後にBIODEX System 3(BIODEX MEDICAL Inc.)を用いて,角速度300deg/secでの等速性運動よる股関節屈曲伸展運動を3回施行し,股関節屈曲ピークトルクを計測した。また,ピークトルクの計測と同期して大腿直筋(RF),大腿筋膜張筋(TFL),長内転筋(AdL)の表面筋電図をMyosystem1400(Noraxon)により記録した。得られた波形からピークトルク発揮時を中心とした前後0.05秒間の計0.1秒間の筋電図積分値(IEMG)と中間周波数(MdPF)およびピークトルク発揮時点のMdPFを算出した。なお,MdPFの算出には連続ウェーブレット変換と高速フーリエ変換の双方を用いた。得られた結果から,DS実施前後における各指標の差を検討した。また,連続ウェーブレット変換により得られるスケイログラムの様相についても検討した。統計学的検討には,各DS実施回数別のDS実施前後においてピークトルク体重比,IEMG,MdPFを対応のあるt検定を用いて比較した。なお,統計学的検討における有意水準は危険率5%未満とした。
【説明と同意】
被験者には本研究の目的を十分に説明し同意を得た。
【結果】
ピークトルク体重比は20回のDS実施後にのみ有意に高値を示し,10・30・40・50回ではDS実施前後における有意差は認められなかった。また,IEMGとMdPFにおいても各々の実施回数におけるDS実施前後での有意な変化は認められなかった。一方,スケイログラムの様相から7名中6名において20回のDS実施後には,RFの輝度の減少,ピークトルク発揮時の輝度の収束,筋活動時間の短縮が認められた。TFLとAdLの活動では特徴的な様相の変化は認められなかった。
【考察】
本研究では,20回のDS実施後に有意なピークトルクの増大がみられたものの,IEMGとMdPFにおいては有意な差は認められなかった。したがって,20回のDS実施後にみられたピークトルクの増大には,IEMGとMdPFの結果からだけでは,運動単位の発火頻度の変化や同期化,動員される筋線維の変化などのいわゆる筋力向上に関する神経性要因の関与は見出せなかった。しかしながら,スケイログラムの様相からは,7名中6名でRFの高周波成分・中周波成分において輝度の減少が観察された。このことから,DS実施前では高周波帯域で筋活動量の増大が認められたことに対して,DS実施後では広い範囲の周波数帯域で筋活動の増大が認められた。両者間のMdPFに有意差は認められなかったことから,20回のDS実施後には短時間で動員される筋線維の種類が多く,一度に発揮される筋力が大きくなることでピークトルクの増大が起こり,MdPFでは反映されない筋活動の質的な変化があったものと考えられた。このような質的変化以外に筋力発揮を向上させる要因としては,反復運動の実施による主動作筋の滑走性の向上や拮抗筋に対するストレッチング効果による主動作能力の向上が考えられる。しかし,これらの要因が影響するとDS実施回数が増大するに連れて筋の滑走性や伸張性が増大すると推察されるため,ピークトルクも増大していくものと考えられる。ところが,本研究結果では20回以外では実施後に有意に高値を示さなかったため,これらの要因は影響を及ぼさなかったものと考えられた。本研究では,DSを20回実施した後にピークトルクは増大し,その機序としては筋力発揮における質的な変化があったことが確認できた。また,等速性筋力と筋活動の関係についてはIEMGとMdPFのみを指標とした検討では不十分であるので,さらなる検討が必要であることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
DSは10回から15回を目安として行われているとの報告があるが,今回の実験結果は適切な実施回数を決めるにあたっての有用な指標となる。また,今回の実験方法や用いたパラメータを応用していくことは,DSの効果判定を行う際にも有用となる。