抄録
【目的】
我々は,日米協同プロジェクトで身体計測総合評価システムについて開発を進めている.本システムは臨床場面で信頼性や再現性,妥当性が高く,安価に使用可能なものを目標にしている.この評価ツールには筋電計,加速度計,関節角度計などがあり,これらセンサを無線接続し,接続コードによる拘束を減少し,装着簡便で各種センサの組み合わせ可変となるものを目指している.現在,臨床評価や研究機器として用いられている評価ツールは有線で各種評価センサを組み合わせているものが多い.無線通信方式は個々のセンサを単独で使用するものが多く,無線式加速度計・筋電計などをサンプリング周波数1kHzにて同時系列で解析を行ったものは少ない.本研究ではBluetooth通信式3軸加速度計・筋電計歩行解析装置を用いて,階段昇行,降行動作について解析した.階段昇降動作は,一般的に昇行時に心肺機能に対する負荷が高く,降行時は筋骨格系に対して負荷が高いといわれている.今回は階段昇降時の筋骨格系に対する負荷について検証する目的で実験を行った.
【方法】
下肢や脳機能に歩行障害が残るような外傷既往の無い健常成人男子11名の被験者(平均年齢27.6才24~32才,平均体重65.1 ±8kg,平均身長169.3±4.8cm)を対象とした.被験者の服装は膝の露出しやすいショートパンツと裸足とした.測定は,a.3軸加速度(X軸―左右方向,Y軸―前後方向,Z軸―上下方向,±18G)右膝蓋腱上の変化,b. 右内側広筋と大腿二頭筋長頭筋電位c.右膝関節角度変化d.右踵部圧力センサの合計7チャンネルとした.階段は,踏面幅27.5cm,蹴上17.5cm,1段移動距離32.6cmで11段の階段を昇降した.動作のテンポは昇行,降行とも80,100,120 bpm(回/分)に規定して各3回試行を行った.データ解析はそれぞれの速度における踵接地から次の踵接地までを1歩行周期として,3歩行周期データ3回分を採取した.3歩行周期加速度データは2乗平均処理(Root Mean Square,以後 RMS.)し,それぞれX,Y,Z軸の値とそれらを合成した合成ベクトル値(以後,合成値)を算出した.大腿内側広筋と大腿二頭長頭筋電データはバンドパス(10~250Hz)とバンドストップ(49.5~50.5Hz)処理後全波整流し,さらに積分処理した.得られたデータは,昇行・降行時の速度変化についてFriedman検定を用い,その後の多重比較はWilcoxonの符号付き順位検定を用いた(有意水準は5%未満とした).
【説明と同意】
対象者には研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護,参加の拒否と撤回などについての説明を行い,参加同意書には自筆による署名を得た.また,本研究は学校法人こおりやま東都学園研究倫理委員会に審査を申請し,研究実施の承認を得た.
【結果】
1.加速度RMS:昇行・降行動作ともに速度が速くなるにつれX,Y,Z軸および合成値は有意に増加した(p<0.01).各速度におけるRMS値の比較では昇行動作に対して降行動作が有意に高い傾向であった(p<0.05).
2.筋活動量:大腿内側広筋活動量は昇行動作時に速度が速くなるにしたがい有意に活動は増加した(p<0.05).しかし,降行時は速度が遅い場合のほうが活動量は有意に高く(P<0.05),早くなると活動量は減少した.大腿二頭筋長頭は降行時に内側広筋と同様の変化を示したが有意な差はなかった.
【考察】
1.加速度RMS:各軸のRMS値は,昇行・降行とも速度上昇とともに値が増加した.これは動作の速度が上がることで床面へ足部があたるエネルギー量が増加したためと考える.また,昇行と降行の比較において降行が高かったのは降行動作時の上方から下方への移動に位置エネルギーが加わったためと考える.
2.筋活動量:昇行時大腿内側広筋の活動が速度上昇とともに増加したのは速い動作と位置エネルギーの影響と考える.降行時の筋活動量変化は,速度が低い時には随意性が高く筋を随意的にコントロールしていたと考えられる.一方速度が早くなると,動作は意識的なコントロールをせず,位置エネルギーを利用した反射的動作が行われたため筋活動が低下したものと考える.
【理学療法学研究としての意義】
今回使用した装置は,無線通信測定では稀なサンプリング周波数1kHzを可能とした.これにより,現在の無線通信筋電位測定で困難とされていた解析(周波数解析等)が可能となり,その他センサ類との組み合わせ実験も選択が自由で可変性が高く拘束性が低くい解析システムである.本実験の結果からは,階段昇行と降行では速度が変化することにより筋活動と骨関節系への負荷の違いが明らかになり、今後の理学療法プログラム作成に多くの示唆を得るものとなった.