抄録
【目的】車椅子駆動は移動手段として処方されるとともに、有酸素運動を目的としても実施される。しかし、車椅子駆動姿勢と駆動中の呼吸循環応答について検討した研究は少ない。車椅子駆動時の呼吸循環応答の検討は、姿勢の他にも駆動方法や速度など様々な要因により、複雑かつ困難といえる。本研究の目的は、脊椎後彎を強調した姿勢(以下、後彎)としない姿勢(以下、通常)の2条件で車椅子駆動をさせた場合の呼吸循環応答の比較を行うこととした。
【方法】対象は呼吸循環系に既往がなく、かつ車椅子両上肢駆動に支障をきたす整形外科疾患のない健常男性8名とした(平均年齢23.3(19‐28)歳、身長・体重の平均値(標準偏差)174.4(3.9)cm、64.1(5.4)kg)。脊柱後彎を強調する方法は、襷掛けにした2本の帯が背面で交わる点に紐を通し、その紐を肩の上を通して腹側にまわして大腿部で固定することにより行い、円背指数を測定し2条件で比較した。次に、安静時の肺機能検査・胸腹部の活動の評価・安静時の呼気ガス分析を座位にて行った。その後、被験者に車椅子駆動を実施させ(両上肢のみの駆動、駆動距離200m)、呼気ガス分析を行った。さらに、駆動後酸素摂取量(V(dot)O2)より、酸素負債量(O2-dept)を算出した。測定は通常と後彎の2条件で実施し、各々1日以上の間隔を空けた。使用機器は、肺機能検査はスパイロメータ(HI-201、ミナト社)、呼吸活動の評価はレスピトレース(AMI社)、安静時・車椅子駆動時の呼気ガス分析は携帯型呼気ガス分析装置(K4b2、COSMED社)であった。分析項目は円背指数・安静時肺活量(VC)・%肺活量(%VC)・努力肺活量(FVC)・一秒量(FEV1.0)・一秒率(FEV1.0%)・呼吸運動の評価・呼吸数(RR)・一回換気量(TV)・V(dot)O2・分時換気量(V(dot)E)・心拍数(HR)・代謝当量(METs)・駆動速度・O2-deptとした。統計解析は各分析項目についてSPSS(ver.16)を用いて対応のあるt検定を有意水準5%で実施した。
【説明と同意】本研究実施に先立ち、首都大学東京研究安全倫理委員会の承認を得た。対象者に対し、研究の目的・方法・予想される危険等について説明を行い、書面による同意を得た。
【結果】円背指数の平均値(標準偏差)は通常1.3(3.1)、後彎1.9(2.9)であった(p<0.01)。胸郭拡張差は腋窩・剣状突起・第10肋骨の各レベルで両条件間に有意差はなかった。VC・%VC・FEV1.0・FEV1.0%で両条件間に有意差はなかった。最大呼吸時の胸・腹部の呼吸活動は、胸部では通常1220.5(370.5)mv、後彎834.85(578.7)mvであった(p<0.05)。また、腹部では通常721.8(422.6)mv、後彎1112.2(227.3)mvであった(p<0.1)。安静時のRR・TV・V(dot)O2・V(dot)E・HR・METsの各項目で両条件間に有意差はなかった。車椅子駆動時、RRは通常15.9(9.7)回/min、後彎19.2(9.7)回/min(p<0.1)、TVは通常1.7(1.1)l、後彎1.5(1.0)l、V(dot)O2は通常630.7(191.2)ml/min、後彎643.0(113.1)ml/min、V(dot)Eは通常21.3(6.4)l、後彎22.3(6.2)l、HRは通常84.4(10.8)回/min、後彎81.2(9.8)回/min、METsは通常2.8(0.7)ml/min/kg、後彎2.9(0.5)ml/min/kgであった。駆動速度の平均値は通常54.6(13.2)m/min、後彎52.1(11.7)m/min、O2-deptの平均値は通常129.4(265.6)ml、後彎218.1(167.0)mlであった。
【考察】今回の実験では姿勢の違いによる肺機能への影響は有意なものではなかった。これは健常人を対象としたため腹部の活動が増大することで代償したと考えられる。車椅子駆動時、後彎でのRRが増加傾向であったが、TVは両条件間に差がなかった。車椅子駆動時のRRを増加させる要因は換気の制限や運動強度の増大が考えられる。しかし、今回の結果ではTVやV(dot)Eといった換気の状態を示す項目や、運動強度を示すMETsや駆動速度も両条件間に差がなかったため、RRの増加傾向を本結果から説明することはできない。今後は、RRが増加した原因を探るため、安静時および車椅子駆動時の自覚的運動強度などの主観的評価も含めて検討したい。
【理学療法学研究としての意義】通常と比較し後彎でRRが増加傾向であったことは、脊柱後彎姿勢に対して評価・改善・予防のためのより積極的な介入を行うことを支持するものある。このことは、有酸素運動として車椅子駆動を処方する際に、車椅子使用者の姿勢に注意を払いながらリハビリテーションを進める有益な裏づけとなる。