抄録
【目的】
風に吹かれた胸郭(windswept thorax,以下WT)とは,先天性側弯症を持つ児の胸郭変形を示すものとしてCampbellらにより命名されたものである.この胸郭変形は脊椎の一側へ回旋し,それとは反対側へ胸郭が崩れてしまう変形であり,同様の変形は重症心身障害児(者)(以下,重症児者)にもしばしば認められる.
本研究では,従来より報告されている胸郭扁平化の計測手技,および胸骨と椎骨を結ぶ線を基準とした新たな胸郭扁平化の計測手技,そしてその両者の結果から計測可能な重症児者のWTの程度を示す指標(Windswept thorax index,以下WTI)を用いて,重症児者のWTについて定量的評価を行い,その結果から新たに考案した計測方法の有用性について検討することを目的とする.
【対象と方法】
対象は過去にCT撮影を行ったことがある重症心身障害児施設入所者42名(平均年齢32.5±18.8歳,1~88歳,)とした.対象者の粗大運動機能はGross Motor Function Classification System(以下GMFCS) レベル2 が4名,レベル3が7名,レベル4が4名,レベル5が27名であった.
Microsoft Power Point上で,胸骨柄鎖骨切痕部(フィルム1)と胸骨剣状突起部(フィルム2)の2枚のCT画像を処理した後,第42回日本理学療法学術集会で山本ら,安藝らが報告した,胸郭扁平化の計測手技による胸郭の厚さと幅(方法1),胸骨の中点と脊椎棘突起先端を結ぶ交線上から推測される胸郭の厚さと幅(方法2)を測定し,それぞれの方法で胸郭の厚さと幅の比率(厚さ÷幅)を求めた.その後,方法1と方法2で得られた値の比率(方法1÷方法2)を求め,これをWTIとした.胸郭の厚さと幅の比率について2種類の方法間で有意な差がみられるか,またWTIについてフィルム間で有意な差がみられるか、対応のあるt検定を用いて統計学的分析を行った.なお,統計処理にはSPSS 13.0 for Windowsを使用し,有意水準は5%とした.また,CTフィルム上の胸郭の厚さと幅の測定にはImage J(フリーソフト)を用いた.
【説明と同意】
対象者の保護者および成年後見人に研究の内容を口頭および書面にて説明し,書面にて同意を得た.
【結果】
胸郭の厚さと幅の比率の平均値について,方法1ではフィルム1で0.64±0.11,フィルム2で0.68±0.11であった.方法2ではフィルム1で0.67±0.11,フィルム2で0.78±0.18であった.WTIの平均値はフィルム1で0.97±0.11,フィルム2で0.90±0.16であった.
胸郭の厚さと幅の比率について,フィルム1およびフィルム2において方法間に有意な差が認められた(フィルム1;t=2.131,df=41,p=0.039 フィルム2;t=3.975df41p<0.0005).WTIについてフィルム間で有意な差が認められた(t=3.244、df=41、p=0.002).
【考察】
水平面における変形がみられない胸郭を想定すると,胸郭の厚さと幅の比率は方法1および方法2において一致するため,この場合WTIの値は1となる.そのため,このWTIが1から離れるほどWTの重症度を示すことができるのではないかと考えた.胸郭の水平面において,胸骨と椎骨の位置関係に歪みが生じることが多い重症児者では,胸郭の厚さと幅の比率について方法1と方法2の間で結果に差が大きく,WTIが1から離れた値になるのではないかと仮説を立てた.結果から,胸郭の厚さと幅の比率についてWTIはいずれの計測レベルにおいても1にはならなかったが,この原因には、胸郭の厚さと幅の比率について方法1と方法2の間で有意差が認められたことがあげられる。またWTIについてはフィルム間で有意差が認められたという結果は、2種類の方法で計測した胸郭の厚さと幅の比率の差は胸骨鎖骨切痕部よりも胸骨剣状突起部のレベルで大きくなったことを示唆しており、WTの程度は計測部位で異なるということが示唆された.
【理学療法学研究としての意義】
以上のことから,WITは臨床的にWTを捉える上で重要な情報となり,同一対象者の中でも計測レベルによってWTの程度が異なる可能性が示唆された.今回は形態学的な研究にとどまったが,今後はこのWITと実際の臨床像とがどの程度一致するのかなどを明らかにすることが,WITの臨床的意義を高める上で課題になると考えられた.