抄録
【目的】当院のダウン症赤ちゃん体操は平成14年6月から開始され、これまで87人のダウン症児とその保護者をフォローすることができた。体操内容は藤田が報告した「ダウン症児の赤ちゃん体操」で、原則として1ヶ月に1回の外来フォロー時に実施している。スタッフは理学療法士、体操指導員、管理栄養士、小児科医師で2歩以上歩いた時点で終了する。
この体操の目的は、母親と子供の触れ合いを通して愛着を深めること、そして子供の運動発達を促すことの二つである。今回の報告の目的は、ダウン症特有の運動発達特性を示すこと、ダウン症赤ちゃん体操が運動発達を促せているかの二点である。
【方法】独歩までフォローできたダウン症児は54人、そのうち心臓手術を受けた17人とデータの不備な3人を除外し34人を対象にした。性別は男児19人、女児15人、ダウン症の種類は21トリソミー33人、転座型1人である。34人に発達指標を用い、その達成時期でグループ分けし統計分析した。発達指標は、定頚、寝返り、ずり這い、四つ這い、座位、つかまり立ち、独歩とした。なお座位は側方パラシュートが出た時期と定義し、独歩は2歩以上歩いた時と定義した。
【説明と同意】対象者家族には個人情報を提示しないことを説明し同意を得た。
【結果】赤ちゃん体操開始時期は月齢2ヶ月~ 21ヶ月、平均7ヶ月であった。6ヶ月までに体操を開始したものが19人、7ヶ月から12ヶ月で開始したものが11人、13ヶ月以上で開始したものが4人であった。赤ちゃん体操開始月齢と独歩月齢の関係を見ると、6ヶ月までに体操を開始した群の独歩は25.2ヶ月であった。同じく7ヶ月から12ヶ月群は23.0ヶ月、13ヶ月以上は25.2ヶ月であり、各群間に有意差はなかった。
運動発達指標を達成した月齢と順序は、定頚5.7ヶ月、寝返り6.0ヶ月、ずり這い10.9ヶ月、座位15.4ヶ月、つかまり立ち16.5ヶ月、四つ這い17.4ヶ月、独歩24.5ヶ月であった。ダウン症児の運動発達の特徴としてずり這い期間が長いこと、四つ這いが遅れることであった。
ずり這い開始月齢と独歩月齢の関係を見ると(ずり這い開始時期の平均10ヶ月で区切る)、ずり這い10ヶ月以下群の独歩は25.1ヶ月、同じく11ヶ月以上は24.3ヶ月であり、ずり這いを早く達成しても独歩が早いとは言えなかった。座位達成月齢と独歩月齢の関係を見ると(座位達成時期の平均15ヶ月で区切る)、座位達成15ヶ月以下群の独歩は21.7ヶ月、同じく16ヶ月以上群は29.0ヶ月であり、両群に統計的有意差があり座位達成が早いと独歩も早かった。座位から後の運動発達を検討したが同じ傾向であった。結果、ずり這いを達成した以後の運動発達が早いと独歩が早くなっていた。
【考察】早期療育を実施したいくつかの先行報告の独歩は24から30ヶ月、当院での独歩は24.5±4.7ヶ月であり、同じか少し早い傾向であった。一般的発達順序は定頚、寝返り、ずり這い、四つ這い、座位、つかまり立ち、独歩といわれている。今回の報告では四つ這い達成が遅く、ずり這い期間の長い子供たちが多かった。
独歩達成時期は、ずり這い以後の運動発達に影響されると示唆された。これは動作パターン訓練の差だけでなく、物や人に興味を持つ認知能力や対人コミュニケーション能力などの探索行動の差が影響していると考えられた。しかし結果には示さなかったが、独歩を遅らせると言われているいざり這いをする子供は2人だけであった(早期療育ダウン症児では1人)。いざり這いは安藤によると、「謝った発達観による座位保持強制の結果であり、早期からの介入でほぼ完全に防止しうる」と述べており、赤ちゃん体操が運動発達に効果があったと示唆された。
【理学療法学研究としての意義】これまでダウン症児への早期療育において、多くの運動発達アプローチが報告されている。しかし理学療法士による早期介入した報告は少ない。ダウン症は低緊張による筋力低下、下肢や体幹への荷重不均等などの理学療法士が間接的直接的に管理介入する問題が多い。また成長段階に応じた障害予防の観点も要求される。
ダウン症児に対して早期療育の段階から理学療法が介入し、ダウン症特有の運動発達研究をすることは意義があると考えられる。