抄録
【目的】大腿四頭筋筋力と跳躍高には正の相関があるため,膝前十字靭帯(ACL)再建術後のスポーツ復帰に向けたリハビリテーションでは,片脚垂直跳び動作を治療成績の評価や治療の方法として用いることがある.しかしながら,ACL再建患者の大腿四頭筋筋力が片脚垂直跳び能力に与える影響について運動力学的に検討した報告は必ずしも多くない.本研究はACL再建患者を対象として,垂直方向への加速度から推定した運動力学的因子である最大筋パワー,最大筋出力,重心上昇の最大速度を用い,片脚垂直跳び能力と大腿四頭筋筋力の術後の回復の相互の関係を検討し,ACL再建術後の回復により関係深い因子を抽出することを目的とした.
【方法】ACL再建患者7名(男性3名,女性4名,年齢26.9±9.6歳,身長164.9±5.2cm,体重59.9±9.9kg)を対象として,術後6ヶ月と12ヶ月に測定を行った.大腿四頭筋筋力はBIODEX SYSTEMIII(Biodex medical Inc,USA)を用い,角速度60°/sでの等速度性筋力の最大トルク体重比を求めた.片脚垂直跳びの測定にはジャンプMD (竹井機器工業,日本)を使用し,その際に単軸加速度計MYOTEST (Acceltec,Switzerland)を腰部に安定するように固定し,最大跳躍高,最大筋パワー,最大筋出力,重心上昇の最大速度を測定した.片脚垂直跳びは両手を腰に当て,膝関節を屈曲した状態から垂直方向に最大努力で跳躍する動作とし,着地は両脚同時とした.測定は各3回行わせ,最大跳躍高の最も高い施行を採用した.
それぞれの測定結果の非再建側に対する再建側の比率(回復度)を算出した.術後6ヶ月,12ヶ月におけるACL再建患者の再建側の大腿四頭筋筋力と最大跳躍高,最大筋パワー,最大筋出力,重心上昇の最大速度の関連についてピアソンの相関係数を用いて検討した.危険率5%未満を有意とした.
【説明と同意】すべての対象は研究代表者から研究について十分な説明を受け,自由意思により本研究に参加することを紙面で同意した.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号0823).
【結果】大腿四頭筋筋力の回復度は術後6ヶ月で60.3±19.0%,12ヶ月で69.8±18.2%であった.最大跳躍高,最大筋パワー,最大筋出力,重心上昇の最大速度は術後6ヶ月で回復度はそれぞれ68.6±9.7%,60.8±19.2%,87.5±17.8%,66.3±14.9%であり,術後12ヶ月ではそれぞれ74.9±9.0%,69.7±23.2%,94.6±17.4%,68.2±20.2%であった.
術後6ヶ月では大腿四頭筋筋力と最大跳躍高に有意な相関を認めなかったが(r=0.68,P=0.09),術後12ヶ月では有意な相関を認めた(r=0.76,P<0.05).術後6ヶ月の大腿四頭筋筋力と最大筋パワー,最大筋出力および重心上昇の最大速度の相関係数はそれぞれr=0.55(P=0.20),r=0.49(P=0.27),r=0.78(P<0.05)であった.術後12ヶ月ではそれぞれr=0.53(P=0.22),r=0.47(P=0.28),r=0.71(P=0.08)であった.
【考察】大腿四頭筋筋力,跳躍高に加えて跳躍時の筋パワー,筋出力,重心上昇の速度は時間の経過に伴い改善する傾向を示したことから,術後6ヶ月における片脚垂直跳び能力の低下や大腿四頭筋筋力低下が,リハビリテーションを行うことで徐々に回復した結果と考えた.一般には垂直跳び能力を評価する際には最大跳躍高に着目することが多いが,本研究では術後6ヶ月,12ヶ月ともに最大筋パワー,重心上昇の最大速度の回復度が最大跳躍高の回復度より小さいことから.筋パワー,重心上昇の速度は跳躍高に大きな影響を与えていないのではないかと考える.
大腿四頭筋筋力と重心上昇の最大速度には術後6ヶ月で有意な相関がみられたが,術後12ヶ月では有意な相関が認められなかった.パワーおよびパワーの構成成分である筋力や速度はスポーツでより高い競技成績をあげるための重要な要素である.大腿四頭筋筋力の回復に伴い,速度に依存したパワーからより筋力に依存したパワーの発揮に移行している可能性があると考えた.
大腿四頭筋筋力と最大跳躍高には術後6ヶ月では有意な相関がなかったが,術後12ヶ月で有意な相関がみられた.術後12ヶ月はパフォーマンスとしてのジャンプ能力の回復が筋力の回復と一致してくる時期と考えられるかもしれない.今後は筋力の一層の回復にともない運動力学的因子がどのように変化していくのかさらに観察する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】本研究では垂直跳びを行う際には筋力の回復や跳躍高のみに着目するのではなく,重心上昇の速度をとらえることで,より正確な運動機能の回復を推測できることを提言できた.