理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: O2-187
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一般演題(口述)
心臓外科手術後患者の肺活量の回復過程に関連する要因について
渡利 太横山 茂樹玉利 光太郎元田 弘敏西崎 真里末澤 典子
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抄録

【目的】心臓外科手術後患者では,胸骨正中切開術による創部の痛みや胸郭可動性の低下,または,手術後に仰臥位を強いられることや人工呼吸器装着や麻酔などの影響から呼吸機能が低下するといわれている.特に手術後における肺活量の回復過程では,手術前と比べて手術後1日目で48%に低下し,手術後1週間で72%,手術後2週間で80%と,手術前と比べて有意に低下することが報告されている.しかしこの回復過程にどのような因子が影響を与えているかは明らかにされていない.そこで本研究では,胸骨正中切開術による心臓外科手術後患者の退院時(もしくは手術後2週)における肺活量の変化に関連する要因について調査した.
【方法】研究デザインは,前向きコホート研究として心臓外科手術後の肺活量変化関連因子を検討した.対象は,2009年5月から10月の間に当院で胸骨正中切開術による心臓外科手術を受けた患者とした.取込基準は,(1)手術前評価が可能な手術予定待機者,(2)診断名は,冠動脈疾患(狭心症,心筋梗塞),弁膜疾患(弁狭窄症,弁閉鎖不全),大動脈疾患(胸部大動脈瘤,大動脈解離),心奇形(中隔欠損)とした.除外基準は,(1)手術後に出血などの重篤な合併症を発症した者,(2)神経学的症状の発現した者,(3)何らかの理由で手術後再開胸を余儀なくされた場合,(4)当院のクリティカルパスから逸脱した場合とした.調査方法について,帰結変数を手術前に対する肺活量の変化率とした.肺活量の測定は,循環動態や疼痛への影響を考慮し,ゆっくりと深呼吸で肺活量を測定する方法であるSVC(Slow Vital Capacity)を採用した.説明変数として,(1)疼痛(VAS:Visual Analog Scale),(2)胸郭拡張差(腋窩高,剣状突起高,第10肋骨高の3部位)の手術前からの変化率,(3)手術後の歩行状態(立位開始,歩行開始,病棟内200m歩行可能までの期間),(4)その他として,年齢やBMI,手術時の情報(体外循環時間や大動脈遮断時間,手術中出血量,麻酔時間,人工呼吸器管理時間など)とした.
測定時期について,肺活量は手術前と手術後2週,疼痛および胸郭拡張差は手術後1週に実施した.測定者は1名とした.統計学的処理は,まず各項目間の相関関係を検討し,さらにステップワイズ法による重回帰分析を行った.有意水準はp<0.05とした.
【説明と同意】対象者に対して,手術前に研究の趣旨やリスクなどについて,書面および口頭により十分な説明し,同意を得た.なお研究参加は自由意志であり,いつでも参加を中止できること,そのことによって不利益をこうむることがないことも説明する.なお当院での臨床研究審査委員会承認(20090225)研究である.
【結果】本研究において取り込まれた対象者は20名であり,手術後2週までの肺活量を計測可能であった者は12名であった.この12名について分析を行った.肺活量の変化率と年齢やBMI,手術時の情報との間には相関関係は認められなかった.また肺活量の変化率と手術後1週における疼痛および手術後の歩行状態との間には相関関係は認められなかった.一方,肺活量の変化率と手術後1週の胸郭拡張差の変化率との間では,腋窩高と剣状突起高に高い相関関係が認められた(r=0.78,0.70;いずれもp<0.05)が,腋窩高と剣状突起高の間でも高い相関が認められた(r=0.77,p<0.01).さらに手術後2週の肺活量の変化率に影響を及ぼす要因について検討することを目的として重回帰分析を行った結果,手術後1週の腋窩高および第10肋骨高の胸郭拡張差の変化率に有意な負の相関(R=0.88,p<0.05)が認められた.
【考察】本研究では,心臓外科手術後患者における肺活量の回復過程に関連する要因について検討した.その結果,手術前から手術後2週における肺活量の過程に対して,胸郭拡張差の影響が強い傾向にあった.特に手術後1週の胸郭拡張差(腋窩高および第10肋骨高)の関与が示された.このことから胸骨正中切開術では,上部胸郭のみだけではなく下部胸郭の可動性の影響も受けると考えられた.しかしながら,本研究では症例数が少ないため,一般化することは困難であり,今後はさらに症例数を増やして検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】本研究は心臓外科手術後における肺活量低下の要因を探るための基礎的な研究である.胸骨正中切開術後では,上部胸郭のみでなく下部胸郭も含めた胸郭全体に影響が及んでいる点を明らかにできたことは,理学療法を施行する上で胸郭へのアプローチを考慮する一助になると思われる.

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© 2010 日本理学療法士協会
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