抄録
【目的】当訪問看護事業所は、在宅療養支援診療所であるクリニックと共に、自宅で過ごす末期がん患者に在宅ケアサービスを提供している。本研究では、そのサービスにおける理学療法の関わりとその効果を振り返り、在宅ホスピスケアチームにおける理学療法の役割と意義を明確化することを目的とした。
【方法】対象は2008年4月1~2009年9月30日に理学療法を実施した末期がん患者46名(男性31名、女性15名、平均年齢73.9±9.3歳)。理学療法記録よりニーズ、介入内容、介入頻度、身体活動面の評価結果、精神面での評価として患者及び家族の発言記録を調査した。すでに終了している症例については、介入期間及び回数、終了理由を調査した。
【説明と同意】当事業所ではサービス開始時に、診療記録等について個人情報の保護に則った上で、研究目的での活用依頼を書面を用いて実施し、同意を得ている。
【結果】患者・家族と医療者側の共にニーズとして高かったのはリラクセーション・倦怠感の軽減(37名)、浮腫の軽減(15名)であった。患者・家族主導では歩行改善(5名)、家族へのマッサージ指導(4名)、外出(2名)であり、医療者(医師・看護師・理学療法士)主導は排痰指導等の呼吸理学療法(13名)、家族への移乗介助指導(6名)であった。その他には離床(6名)、関節拘縮予防(6名)、運動・動作指導(4名)、基本動作能力の向上(3名)であった。理学療法の内容は、上記ニーズに対応し、マッサージ、リンパマッサージ、呼吸理学療法、四肢関節可動域練習、下肢を中心とした自動介助~軽い抵抗運動、基本動作練習、家族指導(介助やポジショニング)であった。介入頻度は週1回23名、週2回15名、週3~4回3名、その他5名であった。理学療法効果の身体活動面での評価としては、疾患の特性上、療養経過の中の一定時期に限られたものではあるが、浮腫の軽減、移乗方法の改善、自己排痰の獲得、離床・車いす乗車、歩行改善、外出(散歩)の実現など19名(41%)で改善が認められた。身体機能の改善が図れる状態にはない患者からも、「身体が楽になった」との声かけは多くあった。また、家族からの評価としては「身体がほぐれて、動かしやすくなった」「介助方法がよくわかった」との意見があった。精神面の効果としては、安心と満足、意欲と達成、協同、希望の4つの側面があった。以下に各要素の発言例を載せる。
安心と満足「ケアがとても気持ち良く、心地よい時間を過ごせた」「いつも極楽極楽と言っていて、本人も家族もとても嬉しかった」「今までの人生のご褒美だ。受けられなくて死ぬ人だって居るのだから」
意欲と達成「自分の体の使い方、どこまで動けるのか動かしていいのか、専門家に診てもらいたい」「勉強になった」「深呼吸/立ち方を教わった」
協同「自分で上手くできるようになったなと思っても言わないで、相手が言ってくれたら、同じだと思って、よしと思う」「会って話がしたい」
希望「脚が細くなった。寝返りもできるようになった。(浮腫の)治療法はないと言われたのに」「散歩に出られてよかった、次は公園へ行く」
終了ケース39名の介入期間は平均37.9±48.0日(範囲1~236日)、介入回数は最頻値3回、最大値45回、10回未満27名、10回以上12名であった。理学療法終了理由は死亡27名、病状進行による中止5名、入院やニーズ達成など6名であった。
【考察】在宅ホスピスケアは、多職種チームケアによって患者とその家族の望んでいる生活を支えることを目的としている。今回、その中における理学療法の役割と意義として、次の2点が示唆された。まず一つは、一時期ではあるが、できる動作を増やし、活動範囲を広げること、そしてそれらを共に目指すことで、様々なプラスの精神的効果を患者及び家族が得ることを支えることにある。もう一つは、心身の苦痛を持っている患者にマッサージ等を手段として関わる中で、一時的ながらも痛みを緩和し、安心や満足を患者本人ならびに家族にもたらすことにある。そして、上記の役割を患者の病状経過に即して遂行できるのは理学療法士の専門性を活かすところである。
【理学療法学研究としての意義】緩和ケア病棟をはじめ、入院中の末期がん患者を対象とした理学療法の意義は、医療関係者には一定の認知をされている。しかし、地域においては末期がん患者が自宅で暮らすこと自体のイメージが希薄な中、そのサービスに理学療法の必要性があることはさらに認識されにくい。従って、地域におけるニーズの掘り起こしを理学療法士自身が進めていかなくてはならない。そのためには、自宅で暮らす末期がん患者における理学療法の役割と意義を明確にすることが必要である。