抄録
【目的】要介護状態になる原因の一つとして、運動器の機能低下が挙げられている。それらの多くは膝痛や腰痛であることが報告されている。疼痛は身体機能および身体活動量の低下だけでなく心理面にも悪影響を与え、さらには生活機能の低下を引き起こす。特に、わが国での変形性膝関節症の患者数は、自覚症状を有する者で約1000万人と推定されている。また、その多くは女性であると報告されている。これらをうけて、平成18年度から介護予防対策として運動器の機能向上が掲げられ、平成21年には膝痛対策と腰痛対策が加えられた。このように、膝痛を代表とする運動器の機能低下に対策が講じられ、先行研究でも様々な報告がなされているが、医療ベースでの研究と比較し地域ベースでの研究が十分なされていないことが指摘されている。そこで、本研究では中山間地域在住女性高齢者を対象に、膝の痛みに着目した日常生活の活動制限に関連する因子を検討することを目的とした。【方法】対象は、中山間地域T村の地域在住女性高齢者62名(平均年齢80.3±4.6歳、71-92歳)であった。調査項目は、膝痛とその活動制限を表す尺度として日本版膝関節症機能評価尺度(Japan Knee Osteoarthritis Measure: 以下、JKOM)を用いた。JKOMは、痛みの程度と痛みによる活動制限(疼痛とこわばり、日常生活機能、全般的活動、健康状態)についての25項目を回答するものである。各項目は0-4点で点数が高いほど痛みによる活動制限が大きいことを示す(得点範囲は0-100点)。痛みの程度はJKOM質問紙のVisual Analog Scale(以下、JKOMVAS)を用いた。また、年齢、身長、体重、過去6ヶ月間の転倒歴、疼痛がある身体箇所数のほか、身体機能項目として等尺性膝伸展筋力、握力、Timed Up &Go test、5m通常・最大歩行時間、Chair Stand test、膝関節伸展角度、足関節背屈角度を測定した。また、老研式活動能力指標、転倒に関する自己効力感としてFall Efficacy Scale(以下、FES)、身体活動に関する自己効力感として虚弱高齢者の身体活動セルフ・エフィカシー尺度(Self-Efficacy of Physical Activity in Frail Elderly People: 以下、SEPAF)、QOL尺度としてWHO5を評価した。除外基準は、知的状態質問表Mental Status Questionnaire(以下、MSQ)が7点以下の者とした。統計解析は、活動制限としてのJKOM総合得点と各評価項目との関連性についてSpearmanの順位相関係数を算出した。また、活動制限に寄与する因子を抽出するため多変量解析を行った。解析は従属変数をJKOM総合得点、独立変数を単相関分析にて有意な相関が得られた変数とし、ステップワイズ法による変数選択とする重回帰分析とした。統計処理にはSPSS17.0Jを使用し、危険率は5%未満を有意とした。【説明と同意】本研究は桜美林大学研究倫理審査委員会の承認を得た。また、対象者には本研究の概要を説明し、書面にて本人の同意を得た。【結果】対象者は、除外基準該当者を除いた59名(平均年齢80.1±4.5歳、71-92歳)であった。JKOMの平均総合得点は19.0±15.0点で得点範囲は0-77点であった。JKOM総合得点と有意な相関が認められた変数(数字は相関係数)は、JKOMVAS 0.69(P<.01)、過去6ヶ月間の転倒歴 0.29(P<.05)、等尺性膝伸展筋力 -0.38(P<.01)、Timed UP & Go test 0.34(P<.01)、5m通常歩行時間 0.41(P<.01)、最大歩行時間 0.39(P<.01)、Chair Stand test 0.44(P<.01)、SEPAF -0.33(P<.05)、膝関節伸展角度 -0.36(P<01)、FES 0.62(P<.01)、WHO5 -0.40(P<.01)、疼痛のある身体箇所数 0.57(P<.01)であった。多変量解析の結果、有意な変数として抽出された項目は、JKOMVAS、Chair Stand test、FES、疼痛のある身体箇所数、5m通常歩行時間(全てP<.01)であった。【考察】本研究では、中山間地域在住の女性高齢者の膝痛による活動制限に関連する因子を検討した。各変数の相関関係について検討した結果、痛みによる活動制限には、痛みの程度や箇所数、膝伸展筋力、移動能力、立ち座り動作能力、膝関節伸展角度などの身体機能項目に加え、過去6ヶ月間の転倒歴や、転倒や身体活動に対する自己効力感、QOLといった主観的な因子も関連していることが明らかになった。また、多変量解析を行った結果、痛みによる活動制限には、痛みの程度と疼痛のある身体箇所数、歩行や立ち座りなどの起居移動能力と転倒に対する自己効力感が寄与していることが明らかになった。このことから膝の痛みによる活動制限に対し、膝以外の部位の痛みや起居移動能力、および自己効力感が関連していることを考慮し、活動制限を改善するための包括的なアプローチを検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】今後、疼痛を有する地域在住女性高齢者の活動制限を改善するための包括的なアプローチを考案する手がかりとなる。