抄録
【目的】下肢機能を定量的に測定する方法として,座位での下肢荷重力測定法の有用性が報告されている.なお,下肢荷重力測定法は簡便かつ安価で高齢者に負担が少ないという利点がある.我々は昨年の本学術大会において,下肢荷重力の基礎的なメカニズムを解明する目的で,高齢者の下肢荷重力測定時における下肢主要筋の筋活動について検討した.しかしながら,対象者数が少なく十分な統計処理を行うまでには至らなかった.そこで本研究では,対象者数を増やし統計学的処理に基づき検討した.
【方法】対象は,当院に入院および外来通院中の患者で,65歳以上であること,歩行に介助が必要なこと,重度の認知症および失語症が認められないことの条件を満たした12名(年齢74.0±5.0歳)である.方法は,測定姿位を治療台(プラットホーム型:高さ45cm)に端座位をとり,非障害側の足底に荷重計測装置を置いた状態で治療台端と膝窩部間に拳一個分空ける.測定開始の合図とともに,下肢で測定板を垂直方向に最大努力下で10秒間押してもらった.その際体幹の矢状面および前額面での動きは制限せず,測定板を押し易い姿勢をとらせ,殿部を治療台から離さないように留意した.測定下肢による踏みつけ動作時に伴う発生応力と大腿部筋(大腿直筋,大腿二頭筋長頭)および下腿部筋(前脛骨筋,腓腹筋)の筋放電量をリアルタイムで同時に記録し,比較検討した.荷重計測装置は,厚さ2mmのアルミ板を踏み込むときに発生するひずみ量を感知するストレンゲージセンサー(KFG-2N-120-C1,共和電業)を背面中央の2ヵ所に設置し測定した.また,筋放電量は大腿部筋(大腿直筋,大腿二頭筋長頭の中央部),下腿部筋(前脛骨筋,腓腹筋の外側頭の中央部)に双極表面電極を装着して筋電図を測定(Bagnoli-2 EMGSystem,DELSYS社製)した.運動開始および終了のマーカーとして電気スイッチの信号を用いた.解析ソフトにはAcqKnowledge3.7.3(BIOPAC Systems社製)を使用した.筋電図のデータは,全波整流の後,時定数0.02秒で積分処理をした.各筋の最大随意収縮(MVC)を基準筋放電位とし,実験で得られたデータを指数換算して%MVCで表した.統計学的処理は,一元配置分散分析および多重比較検定(Scheffe)で比較した.なお統計学的有意水準は5%とした.
【説明と同意】被検者には研究の内容と方法について十分に説明し,同意を得た後研究を開始した.なお,本研究は西九州大学倫理委員会の承認を受けている.
【結果】4筋とも放電量は運動開始とともに確認されたが,大腿四頭筋と前脛骨筋に比べ大腿二頭筋と腓腹筋の放電量の変化は極端に少なかった.各測定の平均値±標準偏差は,荷重量14.0±3.1kg,大腿直筋23.8±4.4%MVC,大腿二頭筋長頭2.5±1.0%MVC,前脛骨筋20.6±6.5%MVC,腓腹筋6.5±2.3%MVCであった.それら4筋の放電量を比較すると有意な群間差(F値=6.31,p<0.01)が認められ,多重比較検定により,大腿四頭筋と前脛骨筋は大腿二頭筋および腓腹筋の放電量に比べ有意(p<0.01)に大きかった.
【考察】本研究は,歩行に介助が必要な高齢患者の非障害側下肢を対象に、下肢荷重力測定時にみられる大腿四頭筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、腓腹筋の活動と下肢荷重量の動的変動をリアルタイムに計測し,それぞれを比較検討した.その結果,下肢荷重力測定時の筋放電量には有意差が認められ、大腿四頭筋と前脛骨筋は大腿二頭筋および腓腹筋の放電量に比べ有意に大きかった.健常成人9名を対象に行われた先行研究では,平均荷重量が36kg,平均筋活動は大腿直筋が39%MVC,大腿二頭筋長頭が27%MVCであり,歩行障害を有する高齢者は健常成人に比べ荷重量,筋活動ともに低い.また,高齢者の下肢荷重力測定における筋活動の特徴として大腿部筋後面筋である大腿二頭筋長頭および下腿部筋後面筋である腓腹筋の筋活動が拙劣であり,健常成人には認められた同時収縮が高齢者では認められなかった.このことから,高齢者の下肢荷重力の低下は筋力低下のみならず,下肢筋群での同時収縮などの協調性の低下も要因となっている可能性が推測された.
【理学療法学研究としての意義】簡便かつ安価で高齢者に負担が少ない座位での下肢荷重力測定の臨床現場における有用性は,先行研究により報告がされている.この下肢荷重力における基礎的メカニズムの解明は,理学療法分野の研究として重要である.