抄録
【目的】
脊柱のアライメント不良が,腰痛の発現と関係があることは周知の事実である。最近の研究では,脊柱を安定させる筋群の筋力低下が原因で,脊柱のアライメント不良が起こると報告されている。しかしながら,脊柱のアライメントと体幹筋群の形態・機能との関連性は十分に明らかになっていない。この関連性を明らかにする一つの手段として,様々な姿勢において,脊柱アライメントを反映する脊柱弯曲角度と体幹筋力を反映する同筋群の筋厚の関係性を検討することが考えられるが,筋厚は体格差に影響を受ける可能性があるため, BMI,身長,体重などによる補正が必要と考えられる。今回の研究目的は,脊柱のアライメントと体幹筋群の形態・機能との関連性を明らかにするために,筋厚の実測値,補正値のどのデータを使うことが望ましいかを予備的に明らかにすることである。第二にそのデータをもとに脊柱弯曲角度と筋厚の関係性を試行的に明らかにすることを目的とする。
【方法】
対象は,脊柱運動に影響を与える外傷および外科的手術,腰痛経験のない健常男性13名(年齢23±2.59歳, BMI 21±1.80,身長171±8.44cm,体重63±8.53kg)とした。脊柱弯曲角度は,Spinal Mouse(Index社製)を用いて直立位・伸展位・屈曲位の条件を定めた3姿勢にて被験者ごとに3回測定し,その平均値を測定値とした。筋厚の測定は,超音波診断装置(株式会社日立メディコ社製,MyLab25)を使用し,脊柱弯曲角度と同一の3姿勢条件にて腹直筋・腹横筋・内腹斜筋・外腹斜筋・多裂筋を被験者ごとに3回測定し,その平均値を測定値とした。計測した実測値以外に,BMI,身長,体重それぞれで補正した補正値も計算により得てそれらを比較検討した。比較方法は,それぞれの値の95%信頼区間の平均値に対して誤差範囲の占める割合により判断した。続いて試行した三姿勢間における筋厚の差は,Friedman検定を用いて比較検討を行った。脊柱弯曲角度と筋厚の相関はSpearman順位相関係数を用いて有意水準5%にて検討した。
【説明と同意】
対象者には,ヘルシンキ宣言に沿い,試験の目的・方法・手段,個人情報の保護について口頭で説明し,書面による同意書を得た。なお,本研究は鈴鹿医療科学大学の臨床試験倫理審査委員会の承認を得ている。
【結果】
95%信頼区間の平均値に対して誤差範囲の占める割合は,実測値が腹直筋・内腹斜筋・外腹斜筋・多裂筋において他と比較して低値な傾向にあった。腹横筋はBMI補正値が最も低値であった。全体的にみると,誤差範囲の割合が最も少なかったのが実測値であり,続いてBMI補正値,身長補正値,体重補正値の順であった。以上より今回は実測値を採用して検討することとした。
実測値の三姿勢間における筋厚の差は,腹直筋において,直立位よりも屈曲位の方が,伸展位よりも屈曲位の方で有意に筋厚が厚かった(p<0.01)。脊柱弯曲角度と筋厚の相関では,伸展位の腰椎前彎角と多裂筋の筋厚に負の相関(r=-0.56 p<0.05),屈曲位の腰椎後彎角と内腹斜筋の筋厚において正の相関が認められた(r=0.58 p<0.05)。
【考察】
概ね実測値が補正値よりも誤差範囲の占める割合が少なく,筋厚の測定値における信頼性は,今回は実測値が良いことが示唆されたが,対象者が男性のみであることやBMIよりやせ型が多かったことなどが影響している可能性もあるため,断定することはできない。今後は女性や,多様な体型,年齢層などの測定値も加えて検討する必要性が考えられた。
姿勢間における筋厚の差では,腹直筋において直立位よりも屈曲位の方が,伸展位よりも屈曲位の方で有意に筋厚が厚かったが,腹直筋の測定においては姿勢による影響が大きく,計測時の姿勢条件が重要となることが考えられた。脊柱弯曲角度と筋厚の相関は,伸展位の腰椎前彎角と多裂筋の筋厚に負の相関,屈曲位の腰椎後彎角と内腹斜筋の筋厚において正の相関が認められた。つまり,伸展位の多裂筋においては筋厚が薄い方が,腰椎前彎角が大きくなるわけだが,腰椎は直立位より伸展位で多裂筋の筋力の弱さにより安定性が低下するという影響を受けやすことが考えられる。また,屈曲位では内腹斜筋が厚いほど腰椎後弯が大きくなるわけだが,屈曲位に加え内腹斜筋の筋厚が厚い方がより多く腹圧を上げることができるため,二重の意味で腰椎後彎を促す効果があると推察される。
【理学療法学研究としての意義】
今回の研究から,筋厚の実測値あるいは補正値の信頼性に関しては,多様な体型,年齢層などの測定値を加え検討する必要性が考えられた。また,腰椎前彎の増強は伸展位での多裂筋の筋厚を,腰椎後彎角の増加は屈曲位の内腹斜筋の測定が何らかの意味をもつことが示唆された。