理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OF1-027
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口述発表(特別・フリーセッション)
肘関節他動屈曲運動に伴う肘関節前面の脂肪体及び関節包の動態
超音波を用いた観察
笠野 由布子三川 浩太郎林 典雄
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抄録
【目的】
肘関節屈曲可動域訓練中において、他動屈曲に伴い肘窩の疼痛を訴える症例に時折遭遇する。この現象の解釈には、様々な要因が関与するものの、骨性要因が排除されているとすれば、その原因の一つとして肘関節前面におけるインピンジメント等が挙げられる。肘関節の前方にある組織でインピンジメントの原因として上腕筋、肘前方関節包、脂肪体などが考えられる中で、臨床的に肘屈曲自動運動を組み合わせることで、ただちに疼痛の消失が得られるのも事実である。肘関節前面の深層に位置する関節包ならびに脂肪体は一般解剖学成書にも記載されているところではあり、その機能としては上腕筋との筋連結を介した関節包の引き上げ機能が想像されているにすぎず、その実際動態を画像で示したものは我々が渉猟し得た限り見当たらない。
近年、理学療法分野における超音波画像診断装置(以下エコー)の活用は目覚ましく、関節運動中の周辺軟部組織の動態が多く報告されている。その反面、肘関節深屈曲時の組織動態観察においては骨・関節用プローブの形状から、屈曲側の観察には限界がある。今回、我々は、体腔内観察用の特殊なプローブを用いて、肘前方関節包ならびに脂肪体における他動深屈曲運動に伴う動態について観察したので報告する。
【方法】
対象者は肘関節に機能障害の無い健常男性6名(年齢20.8±0.4歳)とした。測定には日立メディコ社製超音波画像診断装置AVIUSを用い、プローブは体腔内用プローブEUP-U533コンベックス部(8-4MHz)を使用した。なお、エコーの読影は共同演者の林が行った。
測定方法は、対象者を座位にて上腕骨を検査台上に固定し、プローブのコンベックス部を肘関節前面の鉤突窩に置いた。超音波画像上には肘関節の矢状面像(上腕骨前縁、鉤突窩、関節包、脂肪体、上腕骨滑車、尺骨鉤状突起)が描出され、その同一画面上で肘関節の屈曲動態を観察した。
超音波画像上での計測は、鉤突窩底辺から関節包接線に対する垂線の距離(a)および上腕骨前縁から鉤突窩へ移行する点から上腕骨前縁に対し直角で腹側の関節包までの距離(b)を測定した。(a)および(b)の計測は、肘関節伸展位および上腕骨滑車縦断面を時計に見立てた状態で、鉤状突起が12時の位置にある時(以下12時)、1時の位置にある時(以下1時)、2時の位置にある時(以下2時)の4部位とした。
(a)、(b)の平均値についてそれぞれ4部位にて比較、検討した。統計学的解析には、一元配置分散分析を行い、多重比較検定にはTukey検定を用いた。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
実施にあたっては中部学院大学倫理委員会の承認を得て、参加者には本研究の主旨を十分に説明し、書面にて参加への同意を得た。
【結果】
鉤突窩底辺から関節包までの距離(a)は、伸展位平均8.12±1.1mm、12時平均8.97±1.33mm、1時平均9.77±1.13mm、2時平均10.37±1.68mmであった。伸展位と2時との間に有意差をみとめた(p<0.05)。
上腕骨前縁から腹側関節包までの距離(b)は、伸展位平均3.08±0.53mm、12時平均4.03±0.89mm、1時平均4.77±0.64mm、2時平均5.82±1.28mmであった。伸展位に対し1時および2時との間、12時に対し2時との間に有意差をみとめた(p<0.01)。
【考察】
整形外科領域で使用されるリニアプローブでは、尺骨との衝突により40°前後の屈曲域しか肘前方組織動態を観察できない。今回、体腔内用プローブを用いることで100°程度までの屈曲域について観察することができ、生体で生じる肘関節前方組織の深屈曲動態についての画像情報を提供することができたことは機能解剖学的に興味深い。
解剖学的に、鉤突窩は関節包に覆われており、その内側には脂肪体が存在し鉤突窩との間隙を埋めている。肘関節屈曲運動では窩(fossa)に鉤状突起が進入してくるため、脂肪体は鉤状突起の進入程度に合わせて自身の形状を変化させながら移動することで、鉤状突起がfossaに収まる際の挟み込みを回避していると考えられる。そして、今回の観察で確認されたように、鉤状突起に押し出されてfossaより溢れ出た脂肪体が関節包を押し上げて前上方へ流れ込む動態は、正常肘において重要な機能と考えられた。
関節包の前方移動は、脂肪体の機能的変形を伴いながら肘関節屈曲角度が増すほど大きくなり、特に90°以上の屈曲の際は、脂肪体の柔軟性とともに、脂肪体移動の許容となるための関節包上腕骨付着部の伸張性が必要であることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究より、肘関節他動深屈曲時の肘窩の疼痛の病態の一つとして脂肪体や関節包の柔軟性が影響するインピンジメントの可能性が示唆された。肘関節拘縮治療を展開する上で考慮すべき機能として認識するとともに、具体的な技術として反映させ症例にあたる必要がある。
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© 2011 日本理学療法士協会
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