抄録
【目的】
  日々の臨床現場で,痛みを有する患者から“良くなった・悪くなった”という言葉をよく耳にするが,患者自身が感じる“良い・悪い”とは極めて主観的なものであり,単純に痛みの軽減が良い状態とはならない場合も多い.また,慢性疼痛患者において,痛みをゼロにする目標設定は達成できないことも多く,痛みの軽減にこだわった理学療法では失敗することも多い.
  Loeser(1989)は,痛み体験が侵害刺激,痛み感覚,苦悩,痛み行動の4相からなるモデルを提唱し,苦悩は痛み感覚よりも広い概念としている.また,水野ら(2008)は,慢性疼痛患者の心理的因子の関与を検証する目的で「痛みの強さ」と「痛みの辛さ」を分けて測定し,辛さは痛みに付随するさまざまな心理的因子の関与を受けると考察している.このように,辛さが心理的因子を反映する広い概念であるならば,患者の主観である“良い・悪い”の指標になり,辛さの軽減が“良い状態”につながる可能性がある.そこで今回は,痛みおよび辛さを測定し,痛みを有する患者自身が感じる“良い・悪い”との相関関係を検討した.
【方法】
  対象は痛み治療目的で外来受診し,初診時より4週間以上の経過を観察できた21例とした(65.8±8.8歳,男性7例・女性14例,肩関節疾患6例,腰部疾患11例,膝関節疾患4例).受診目的が痛み治療目的以外の患者,4週間以内に理学療法が終了した患者は対象外とした.
  測定項目として痛みの強さ(以下痛み),痛みの辛さ(以下辛さ),それぞれの改善度(以下痛み改善および辛さ改善),患者自身が感じている“良い・悪い”(以下自己評価)を求めた.痛みと辛さは初診時および4週後に,最近1週間で感じた平均をNumerical rating scale(以下NRS)で測定した.痛み改善および辛さ改善として4週後と初診時の値の比を算出した(4週後/初診時).自己評価は4週後に,主観的な“良い状態”を100点,“悪い状態”を0点としたときの現在の状態を測定した.さらに,測定して得られた痛み,辛さ,自己評価の具体的内容について自由な回答を求めた.
  実施した理学療法として,それぞれの患者に応じた関節可動域訓練や筋力強化訓練などの運動療法,痛みについての態度や対処能力を考慮した生活指導,物理療法を週に2~3回の頻度で4週間行った.
  統計解析として,自己評価と4週後の痛み・辛さ,痛み改善・辛さ改善の各因子との偏相関係数をそれぞれ求めた.なお統計学的有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
  対象には本研究の趣旨を説明し同意を得た.
【結果】
  痛みは初診時7.0±2.0,4週後4.1±1.5,痛み改善0.62±0.20であった.辛さは初診時7.2±2.1,4週後3.7±1.9,辛さ改善0.54±0.26であった.自己評価は67.1±13.4であった.自己評価と辛さ及び辛さ改善に相関を認めたが(偏相関係数:辛さr=-0.58,p=0.007,辛さ改善r=-0.57,p=0.009),痛み及び痛み改善とは相関関係は認めなかった.また,痛みに対し辛さが大きく改善した患者群から,「痛いけどコルセットなしで車の運転ができるようになった(症例1:痛み6→5,辛さ6→3)」「もし痛くなっても教わった体操ですぐよくなる(症例2:痛み6→3,辛さ3→1)」などの回答が得られた.
【考察】
  今回,自己評価は辛さと相関するが,痛みとは相関しないという結果が得られた.この結果には2つの側面がある.第1に,辛さが一定ならば,痛みの強弱は自己評価に影響を及ぼさず,辛さの改善なしに患者の自己評価は改善しないという点である.第2に,痛みが一定であっても,辛さが改善しさえすれば患者自身は“良くなった”と自己評価するという点である.たとえ痛みが改善しなくても,痛みに付随する辛さの改善を考慮すべきである.特に慢性疼痛患者において,痛みをゼロにすることを目標にするのではなく,痛みは残存しているが辛さが軽減している状態を目標にすることが現実的かもしれない.また,辛さが大きく改善した患者群から,対処能力や自己効力感など痛みの認知に関連する回答が得られた.辛さ改善と自己評価が相関することから,痛みの認知的側面を改善させる重要性が示唆され,その因果関係については今後の検討を要する.
  以上より,患者自身が“良くなった”と自己評価するには痛みではなく辛さの改善が必要であり,そのためには対処能力や自己効力感など,痛みの認知的側面を考慮した理学療法が必要と考えられた.
【理学療法学研究としての意義】
  運動器疾患の主症状の一つである痛みの治療は難渋することも多い.今回の結果から,痛みの改善に加え辛さの改善に注目することは,患者の満足度を向上させる一助となると考えられる.