抄録
【目的】
我々は,第45回本学術大会において,膝蓋腱を用いた膝前十字靭帯(以下,ACL)再建術後患者における術後の膝蓋骨高の変化を検討し,スポーツ復帰等には問題ないものの,再建術前と比較し膝蓋骨高は矢状面上で低下している事を報告した.一方,本邦でのACL再建術は膝屈筋腱を用いた方法(以下,STG)が広く施行されている.膝蓋腱を用いた方法(以下,BTB)と異なりSTGでは鷲足部から半腱様筋腱及び薄筋腱を採取する為,腱採取する段階では,膝伸展機構への直接的な侵襲は加わらない.しかしながら,STG後に膝蓋骨のトラッキング不良などを生じる症例なども臨床上経験する.そこで今回,当院でSTGを施行した症例について,再建術後の膝蓋骨高の変化について,レントゲン画像を通じ経時的に調査し,そこから得られた知見を報告することを目的とした.
【方法】
対象は,2009年7月から2010年9月までにACL損傷の診断を受け,術前理学療法を処方された後,当院にてSTGを施行した40名の内,再建術後約10ヶ月間,整形外科外来において経時的にレントゲン撮影し得た7名である.内訳は,男性4名(手術時年齢25.8±8.5歳),女性3名(手術時年齢38.0±21歳)である.調査項目は,各症例の膝関節側面像のレントゲン画像を用いて,同一者がPC上でのレントゲン画像より膝蓋靭帯長(以下,T)と膝蓋骨長(以下,P)を計測ソフトウエアOP-A V2.0(富士フィルム社製)にて計測した後,Insall-Salvati法を用いて算出したT/P比である.Insall-Salvati法は,T/P比を用いて膝蓋骨位置を評価する方法であり,本研究ではこの比の値を膝蓋骨高として定義している.検討項目は,再建術前の膝蓋骨高を基準とした再建術後7-8ケ月までの膝蓋骨高の変化率であり,後方視的に検討した.膝蓋骨高の変化率についての統計学的分析は,一元配置分散分析を用いて行い,有意差が認められた場合,多重比較検定を行うこととした.なお,有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】
全例,診療情報を研究に利用することを書面で説明し,同意を得ていることを確認した上で本研究を行った.
【結果】
再建術前を100%とした膝蓋骨高の変化率は,術後1-2週101.3%,術後1ケ月98.2%,術後2ケ月97.2%,術後3ケ月97.9%,術後4ケ月94.4%,術後5-6ケ月99.2%,術後7-8ケ月98.1%であった.各時期の変化率において,有意差は認められなかった.
【考察】
ACL再建術後における矢状面上の膝蓋骨位置変化については,BTBに関しては散見され,その多くが再建術後に膝蓋骨高の低下を呈すが膝蓋骨低位までは生じないとしており,我々の前回の報告もそれらの研究を支持した.BTBに関しては,膝蓋腱を採取する為に,その回復過程において膝蓋腱の短縮が起きていることが考えられ,それが膝蓋骨高の低下につながっていると考えられる.さらに我々の前回の報告では,術後3-6ケ月の間で有意な低下を認めた.対して,STGにおいて同様の研究は数少ない.その中で,Hantesら(2007)は,STGでも膝蓋骨高の低下は起こるが有意な低下ではなかったとしており,本研究でも同様の結果が得られた.STGでは,膝蓋腱等の膝伸展機構からの腱採取はなく,再建術自体での膝蓋骨位置の低下は生じないのではないかと思われる.しかしながら,本研究では有意差は認めないものの,術後4ヶ月の時点で,一旦,膝蓋骨高の低下傾向を認める.これらの時期は前回のBTBを用いた報告で有意な低下を示した時期に相当し,本研究のSTGでも低下傾向を認めることから,腱採取による伸展機構への侵襲以外にも膝蓋骨位置を変化させる要因があるのではと考える.これらの時期を,ACL再建術後の理学療法プロトコールに照らし合わせてみると,ジャンプやジョギング許可など負荷量が増加する時期でもある.再建靭帯の強度面ではこれらの運動が許可されるが,侵襲以外の要因とこれらの運動の関係を考慮することが今後必要となると思われる.また,今回は後方視的な検討のため,臨床上経験するトラッキング不良等の症状と膝蓋骨高の関連を検討することは出来なかったが,今後長期的に膝蓋骨高の変化を追跡するだけでなく,その変化時期と臨床症状との関連性を検討していきたいと考える.
【理学療法学研究としての意義】
ACL再建術後,特にSTG後の膝蓋骨高の変化を調査した研究は少なく,また変化時期を検討した研究も少ないため,本研究は意義があると考える.